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末期がん(肝臓がん)闘病記 最終章

末期がん(肝臓がん)闘病記 最終章
     ~命【いのち】の重み~

私は今とても気に入っている曲があります。

小田和正さんの《たしかなこと》と言う曲です。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 235

235:セリを採る妻を見ながら思い出す
     ~がん を克服し人生の再出発を誓う~

~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~



余命3ヶ月の 末期がん(肝臓がん)を克服し、妻を誘って
セリ採りに来る事など夢のようでもあった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 234

234:セリを採る妻を見ながら思い出す
     ~そして健康食品に全てを賭ける~

~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~



私はセリを採るのを止め、周りの景色を眺めていると
妻が「そろそろ家に帰ろうか?」と言った。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 233

233:セリを採る妻を見ながら思い出す
     ~生体肝移植を考えた妻・・・~

~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~



採り始めてどれ位時間が経っただろうか、セリを入れる袋が一杯になってきた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 232

232:セリを採る妻を見ながら思い出す
     ~肝臓がん告知と心の葛藤~

~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~



肝臓がんの告知を当時の主治医から受けたあの日の夜から
ひとりベッドの上で見えない死との恐怖と闘いながら過ごす毎日が続いていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 231

231:セリを採る妻を見ながら思い出す
     ~身体の異変、そして肝臓がんの告知~

~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~



セリを採る場所へ着き、車を降りると早速私も妻もセリを探し始めた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 230

230:ふと2年ぶりにセリ採りへ

~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~



長かった闘病生活だがあの日からもうすぐ2年が経とうとしていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 229

229:末期がん克服は兄のおかげ・・・

~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~



私は診察を終えると会計を済ませ、
いつもの場所でコーヒーを買い、いつもの場所で一服をした。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 228

228:主治医の【本音】を聞く

~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~



血液検査の結果を聞き、私が主治医にお礼を言った後
主治医がいつに無く真剣な顔で私に話しかけてきた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 227

227:血液検査の結果は・・・

~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~



病院の待合室のところから少し離れた椅子に腰掛け
いろいろな方たちを見ている中、やっと私の順番が来た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 226

226:血液検査の結果を聞きに病院へ

~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~



闘病後、初めての仕事を無事終えた満足感に浸っているのもつかの間、
翌日は私の血液検査の結果が出る日だった。

私の身体からチューブが取れて3ヶ月が経っていたが
肝機能や腫瘍マーカーの数値などの不安はほとんど無かった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 225

225:2年ぶりの『仕事』を無事終える

~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~



翌日、約束の時間が過ぎても修理をする車が来なかった。

時間だけが過ぎる中、友人から電話が入った。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 224

224:2年ぶりに『仕事』を受ける

~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~



気になる腫瘍マーカーの検査結果は1週間後、
私は毎日工場の片付けや整理をしていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 223

223:3ヶ月ぶりの病院

~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~



正月もあっという間に過ぎ、
私は工場内の道具等をコツコツと片付ける毎日だった。

そして2006年(平成18年)2月の中旬になった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 222

222:元気な身体で2006年元旦を迎える

~この闘病記の内容は2006年(平成18年)1月頃の出来事です。~



2006年(平成18年)元旦
肝臓がん末期の告知から2回目の正月を迎える事が出来た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 221

221:そして年末

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)12月頃の出来事です。~



ようやく念願だった風呂にも入れるようになり
元気だった頃の生活を送る事が出来るようになっていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 220

220:1年8ヶ月ぶりに風呂を堪能する

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



やっとの事で1年8ヶ月ぶりに風呂に入れる事になったが
いざ入るとなると少し不安があった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 219

219:自然治癒力

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



本を買って家に戻ってきた。

買ってきた本を妻に見せて私は読み始めた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 218

218:自分の健康食品について知りたくなる

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



私は風呂に入るまで時間があったので
妻に話し近くの書店に行く事にした。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 217

217:念願の入浴許可が出る

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



退院してから1週間、その日は外来の診察日で
予約時間に合わせて受付を済ませた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 216

216:【闘病生活】が本当に終わった・・・

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



妻も私が帰って来たことに気付き、家から外に出てきた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 215

『いつもの場所』に別れを告げ我が家へ

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



私は先生から退院の許可が出たことを妻に連絡した。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 214

214:退院の許可が出る

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



チューブが抜けた翌朝、私は目を覚ますとすぐに
胆汁が漏れていないかわき腹のガーゼに手を当ててみた。

胆汁は漏れてはいなかった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 213

213:自分で自分をねぎらう気持ち

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



父が 肺がん で亡くなった時、何の知識も無かった私は
病院で治療を受ければ良くなると思っていたのでそれなりにショックだった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 212

212:胃がんで亡くなった兄の事を想う

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



また兄の時は 胃がん と診断されその日のうちにいきなり余命宣告を受けた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 211

211:肺がんで亡くなった父の事を想う

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



病室に戻りベッドに横になった。

少しの間寝てしまったのか、ハッと目が覚めた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 210

210:【がんの告知】について思う事 2

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



医者の発言と言うものは患者やその家族にとても大きな影響を与えるものだと思う。

まして【がんの告知】ともなれば尚更だ。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 209

209:【がんの告知】について思う事 1

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



私は2004年(平成16年)3月に肝臓がんの告知を受けた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 208

208:『いつもの場所』で振り返る

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



1階に降り受付を通ると、受付の方もチューブが取れた
身軽な私の姿に喜んでくれた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 207

207:少しずつ実感が湧いてくる

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



胆汁のチューブが抜けてから数時間が経っていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 206

206:【自由の身】に。私はがんに勝った!

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



私の身体の中に入っていた大元のチューブは主治医の手により
あっという間に抜けてしまった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 205

205:最後はあっさりと・・・

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



私は1階に降りていつもの自販機でコーヒーを買い、
いつもの場所に腰かけた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 204

204:胆汁の容器とも『さよなら』

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



病室に戻り私はベッドに横になった。

そして前回CT検査を受けたときの事を思い出していた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 203

203:『医学界においても例がありません。』

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



午後になりようやく主治医からの説明があった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 202

202:チューブが抜けるか否かの検査を受ける

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



私は朝、病院へ向かった。

そして、受付で入院の手続きを済ませた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 201

201:暗く長かったトンネルに光が見えてきた

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



皮肉にも私にとって初めての入院が 肝臓がん しかも 末期 症状での
闘病生活と言う形になってしまった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 200

200:頭の中が真っ白に・・・、記憶が無い

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



検査の後の事はほとんど記憶が無い。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 199

199:胆管が【正常】に戻っていた!

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



レントゲンの台の上で横になっている私の所へ主治医が来た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 198

198:『ウワッ?!』と主治医が大声を出す

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



検査の当日、レントゲンの不具合で次回と言う話しをしていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 197

197:なかなか検査が始まらない・・・

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



私は待合室で主治医を待っていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 196

196:検査結果を想像し、胸ふくらむ?!

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



私は病院から家に帰り主治医とのやり取りを妻に説明した。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 195

195:胆汁安定のため、検査をお願いする

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



2005年(平成17年)11月初旬、
私の身体から出る胆汁も1000㏄以下に減り始めてきた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 194

194:無理だと思っていた事が出来た【幸せ】

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)10月頃の出来事です。~



しばらくして目的地に着いた。

私と妻はいつもの場所へ向い早速キノコ狩りを開始した。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 193

193:キノコのシーズン、妻とキノコ狩りへ

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)10月頃の出来事です。~



私は妻からの連絡を受け、娘が入院している産婦人科へと向かった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 192

192:点滴終了!そして5人目の孫誕生!!!

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)9月頃の出来事です。~



2005年(平成17年)9月
この頃になっても胆汁の出る量はほとんど安定していた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 191

191:時間が出来た分、妻と買い物へ

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)8月頃の出来事です。~



点滴が1日おきになると自由な時間が持てるようになった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 190

190:点滴は1日おきに、だが味覚は・・・

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)8月頃の出来事です。~



長くじめじめした梅雨がようやく終わった。

一転して夏の日の照り続ける日差しが毎日続いた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 189

189:胆汁が安定する

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)7月頃の出来事です。~



2005年(平成17年)6月13日の退院の日から
私はもう2度と入院することは無かった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 188

188:【付足しエピソード4】金を盗まれる

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)6月頃の出来事です。~



ある日、長男夫婦が孫を連れて見舞いに来てくれた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 187

187:【付足しエピソード3】鼻血で怖い思い

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)6月頃の出来事です。~



ある入院の時、私のようにしょっちゅう1階の喫煙所へ行き、
良くタバコを吸いに出かけていた患者さんと同室になった事があった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 186

186:【付足しエピソード2】虫歯で歯を抜く

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)6月頃の出来事です。~



私は味覚の変化により、何を食べても美味しく感じられないようになった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 185

185:『最後』の退院

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)6月頃の出来事です。~



退院の日、朝食を済ませると孫の顔が早く見たいこともあり
早々と我が家へ帰った。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 184

4人目の孫誕生後、退院の許可が出た。

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)6月頃の出来事です。~



私が入院していたこの頃、長女に2人目の子供が産まれる予定になっていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 183

183:シャワーを浴びるのも大変だった。

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)6月頃の出来事です。~



元気な頃は気にかける事もほとんど無かったが
病気になって初めてこんなにも『風呂に入る』事が恋しく思う事は無かった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 182

182:チューブが2本出ている患者さんに会う

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)6月頃の出来事です。~



私はエレベーターに乗ろうと点滴台を押して歩いていた。

エレベーターの前のイスに後ろ向きに片足のひざを乗せ、
外を眺めている中年女性の患者さんがふと目に留まった事があった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 181

181:久々の脱水症状で緊急入院

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)6月頃の出来事です。~



退院後、いつものように通院で点滴を受けていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 180

180:胃がビックリ?!今度は胸焼け(笑)

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)5月頃の出来事です。~



【赤飯】だけは何故か美味しく感じられた私は1口2口と食べ始めた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 179

179:味覚が変わっても何故か赤飯だけは?!

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)5月頃の出来事です。~



楽しかったイチゴ狩りの後、
次に向かったのは道の駅の物産店だった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 178

178:でも大満足の【イチゴ狩り】に!

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)5月頃の出来事です。~



道中スピード違反と言うアクシデント(?)はあったものの
何とか目的地にたどり着いた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 177

177:20数年ぶりのス○ード違反(笑)

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)5月頃の出来事です。~



ゴールデンウィーク明けにやっと退院できた私は家族を連れ、
ウキウキ気分で最高のドライブを楽しんでいた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 176

176:やっと退院!イチゴ狩りへ

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)5月頃の出来事です。~



5月9日、やっとの事で待ちに待った退院の日が来た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 175

何やら《赤い糸ミミズ》のようなものが

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)5月頃の出来事です。~



私は娘に持ってきてもらった趣味のキノコの本を暇つぶしに読んでいた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 174

174:病院でのゴールデンウィーク

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)5月頃の出来事です。~



結局私はゴールデンウィーク前に退院許可をもらう事は出来ず、
楽しみにしていたゴールデンウィークは病院で過ごす事になってしまった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 173

173:食事は何より重要だ思う

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)5月頃の出来事です。~



5月の連休が間近にせまっていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 172

172:また入院も、安心して眠れるようになる

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)4月頃の出来事です。~



病院へ着くと、私は看護士さんの案内で救急治療室へと入った。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 171

171:また胆汁処置が上手く行かず病院へ

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)4月頃の出来事です。~



自分が末期肝臓がんと言う事を知り、家族の希望で肝臓移植を受ける事になって
私はそれを断りもう戻る病院が無いまま神にもすがる思いで
必死に健康食品を飲み始めてから1年が経つ・・・。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 170

170:がん克服の決意をするも体調は優れない

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



病院を退院してみかぼ山の山頂に行き、私は家に戻ってきた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 169

169:天空と下界のはざ間で・・・

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



みかぼ山の頂上に登りついた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 168

168:そのままみかぼ山の山頂へ

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



病院を出てからどれ位の時間が過ぎただろうか・・・、
いつも病院の窓から見ていたみかぼ山を今、私は車で走っている。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 167

167:身体が自然とみかぼ山へ

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



腹水が溜まり始め、一時はどうなる事かと覚悟を決めた事もあったが
それも何とか落ち着く事が出来、それから10日後に退院が決まった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 166

166:腹水溜まるが何とか克服

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



今回の入院中もいろいろな事があった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 165

165:いろいろな患者さんがいる

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



私がいた病室は様々な患者さんの入退院が多かった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 164

164:同室の患者さんが【がん】で亡くなる

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



私はあと1週間で退院の予定になった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 163

163:【がん】の知識を持つことはとても大切

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



ここでもう1つ私の考え方をお伝えしたいと思います。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 162

162:末期がんの治療は何一つ変っていない?

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



私はある日兄の胃がんの事、そして兄が入院していた病院、そして、
私の肝臓がんの事、今入院している病院の事をいろいろ比べて考えていた事があった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 161

161:食事が食べられず、甘いものばかりに

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



食事の後は必ず、看護士さんが
1人1人にどれ位食べたのかを聞きに来ていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 160

160:血液検査は良くも味覚がおかしくなる

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



そんな苦しい日々の中でも『希望の光』はあった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 159

159:『むくみ』がひどくなる

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



その後、私の足がむくみ始めてきた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 158

158:チューブの接合部分が痛む

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



私の病室では外科以外の患者さんの出入りは激しかった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 157

157:氷欲しさに大失態 2

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



私と妻は氷の販売機を探しに1階の売店へと向かった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 156

156:氷欲しさに大失態

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



私の意思とは関係なく出てくる『気まぐれな』胆汁には本当に手を焼いた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 155

155:胆汁が出た量を毎日記録する

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



病室にいると看護士さんが胆汁の様子を見に来た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 154

154:胆汁処置が上手く行かずまた入院

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



ある日、またまた胆汁が止まってしまった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 153

153:余命3ヶ月の宣告から1年が過ぎる

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)3月頃の出来事です。~



私はいろいろな苦難を乗り越え2005年(平成17年)3月を迎える事が出来た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 152

152:初めて自分で胆汁処置をする

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)2月頃の出来事です。~



2005年(平成17年)2月下旬、
この頃は脱水症状を起こさずに長く家にいられるようになっていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 151

151:ずいぶんと高くついたモンだ・・・(笑)

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)1月頃の出来事です。~



ワカサギ釣りからの帰りの車の中は
行きとは大きく違い、妙な疲れも感じ、無言の時間も少なくなかった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 150

150:ワカサギ釣りの結果は・・・

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)1月頃の出来事です。~



釣り客と言うのは本当に朝が早い・・・。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 149

149:ワカサギ釣りの準備を楽しむ

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)1月頃の出来事です。~



私は20年ぶりになるワカサギ釣りを楽しみにしていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 148

148:3ヶ月ぶりの退院、ワカサギ釣り計画

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)1月頃の出来事です。~



今回の入院は私が入退院を繰り返している中で一番長いものとなった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 147

147:ある患者さんの話し

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)1月頃の出来事です。~



ある日、私がいた病室にベッドのまま看護士さんに押され
患者さんが移されて来た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 146

146:正月明け、また入院生活が始まる

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)1月頃の出来事です。~



2005年(平成17年)1月3日、
楽しい正月はあっという間に過ぎていった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 145

145:久しぶりの我が家、そして正月

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)12月頃の出来事です。~



私は雪が降る中、外出用のトレーニングウェアを着て
その上にジャンパーを着こんで妻が来るのを待っていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 144

144:妻の迎えを待ちながら・・・

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)12月頃の出来事です。~



妻から「これから迎えに行くね。」と連絡が入った。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 143

143:点滴をしながら1年を振り返る 2

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)12月頃の出来事です。~



私は点滴を受けている間、
窓からみぞれ混じりの雪を見ながら今年1年を振り返っていた。。。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 142

142:大晦日、点滴をしながら1年を振り返る

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)12月頃の出来事です。~



私のいた病室は一人の患者さんを残し、
私を含めて3人が家で正月を迎える事になった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 141

141:正月は我が家で?!

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)12月頃の出来事です。~



毎日毎日が同じ事の繰り返しで1日1日が本当に長く感じられた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 140

140:なかなか退院の許可が出ない

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)12月頃の出来事です。~



時は2004年(平成16年)12月中旬、年末が近づいていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 139

139:末期のがんはいつ急変するか分からない

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)11月頃の出来事です。~



私はやるせない気持ちの中、
何事も無かったかのように静かな病室を出た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 138

138:末期がんで患者さんが突然亡くなる

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)11月頃の出来事です。~



その方が病院に来てから2週間くらい経ったある朝、
私はいつものように朝4時頃、目が覚めた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 137

137:その患者さんの想いを知る

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)11月頃の出来事です。~



私がベッドに横になりテレビを見てから数時間が経っていた。

私はベッドから降り外を眺めていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 136

136:あるご高齢の患者さんと同室になる

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)11月頃の出来事です。~



絶対安静により2,3日間、身動きが取れなかった私は
開放された事で早速いつもの場所に向かった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 135

135:リザーバー除去手術を受ける 2

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)11月頃の出来事です。~



主治医が手術室に来てスタッフに手術手順の説明を始めた。

いよいよ手術が始まった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 134

134:リザーバー除去手術を受ける

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)11月頃の出来事です。~



私が抗がん剤治療を行わずリザーバーを外す事に妻も同じ気持ちだった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 133

133:抗がん剤をしないならリザーバーも不要

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



私の身体には肝臓がんに直接抗がん剤を注入する事が出来る
【リザーバー】という物が埋め込まれていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 132

132:約3ヶ月の長期入院

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



私はまたもや薬(生食液)の副作用により、入院するハメになってしまった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 131

131:なかなか体調が回復しない

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



ようやく朝になり、主治医がいつものように私の様子を見に来てくれた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 130

130:鳥目???廊下も満足に歩けない

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



妻が帰ってからどれ位の時間が経ったのだろうか・・・、
いろいろな事を考えているうちに私はいつしか寝てしまったようだった。。。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 129

129:『命の氷』で自分を守る

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



救急治療室でいろいろな事を考えていると
妻が看護士さんに案内され入ってきた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 128

128:薬の副作用は本当に怖い

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



こうして私はまた、入院となってしまった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 127

127:耐え切れずに病院へ戻る

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



私の身体の震えと寒気は
もう車のヒーター位ではどうにもならない状態にまで達していた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 126

126:身体に異変、急に震えと寒気に襲われる

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



何とか3本目の点滴も終わり、看護士さんに針を抜いてもらった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 125

125:胆汁が何度も止まる・初めての経験

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



点滴を受けている間、家から持ってきたスポーツドリンクなどを
脱水症状にならないようにとプラスして飲んでいた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 124

124:胆汁が止まる

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



10月下旬のある朝、私は起きてすぐいつものように胆汁の容器を見た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 123

胆汁を気にしながらもキノコ狩り楽しむ

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



私は林の中を歩き、キノコを採る途中、
何回も胆汁の容器に手をかけて胆汁の出の様子を見た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 122

122:兄がつけた目印に誓う

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



私はかすかに残る生前、兄が付けた目印を見て
懐かしさが込み上げてきた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 121

121:キノコ狩りとある思い

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



私は胆汁の出が気になってはいたがどうしても引き返すことは出来ず、
目前にまで来ている目的地へと車を走らせた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 120

120:またもや胆汁が・・・

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



私達は軽井沢ICを降り、浅間山へと向かった。

車の前には浅間山がくっきり見えていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 119

119:キノコ狩りに向かう車の中で

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



日曜日、私達夫婦はキノコ狩りに行くため朝早く家をで出た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 118

118:退院後、季節が良いのでキノコ狩り

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



私はやっとの事で退院する事が出来た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 117

117:やっぱりオ・バ・ケ???

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



やっとの事で退院の許可が出た私は
外のベンチで妻が迎えに来てくれるのを待っていた。

妻が来たら一服してもらおうと思い、コーヒーを買っておいた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 116

116:やっと退院許可が出る

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



日課である点滴治療を受けるベッドの上では
何もする事が無く、いろいろな事を考える時間がたっぷりあった。

私はその時間、良く考え事をしていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 115

115:がん治療について

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



入退院を繰り返す中、病院の中では本当にいろいろな事があった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 114

114:末期がんの現実と恐ろしさ

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



私は病室に向い病棟の廊下を点滴台を押して歩いていると
いつもの喫煙所に良くタバコを吸いに来ていた年配の女性に会った。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 113

113:娘のおみやげでタバコ復活(笑)?!

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



娘がハネムーンのおみやげを届けてくれるというので
私は外の喫煙所で娘が来るのを待っていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 112

112:結婚式後の私

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~



娘の結婚式の話しをしに妻が病院へ来てくれた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 111

111:そして娘の結婚式当日

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)9月頃の出来事です。~



娘の結婚式の当日

いつものように朝早く目が覚めた。

病室の患者さん達はまだ眠っていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 110

110:娘の結婚式に出られない無念さ

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)9月頃の出来事です。~



妻が帰った後、私は集中治療室のベッドの上で考えていた・・・。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 109

109:娘の結婚式が・・・

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)9月頃の出来事です。~



意識が戻った時、私は何故か集中治療室にいた。

私は突然気を失った事すら覚えていなかったので訳が分からなかった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 108

突然意識が無くなる、どうしたんだ?

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)9月頃の出来事です。~



末娘の結婚式まであと3日に迫っていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 107

107:娘の結婚式直前にまた胆汁が・・・

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)9月頃の出来事です。~



検査入院の後、私は退院する事になった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 106

106:がん保険への疑問

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)9月頃の出来事です。~



CT検査の結果を話し、安心した私はタバコに火をつけた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 105

105:健康食品の【力】を実感

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)9月頃の出来事です。~



私と妻は主治医の説明を聞いた後、
1階に降りてコーヒーを飲みながらCT検査の話しをした。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 104

104:肝臓がんが3つも消えた?!

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)9月頃の出来事です。~



『私の末期がん(肝臓がん)の進行はどうなっているのだろうか。。。』

私はそれがとても気になっていたため、検査を受け、その結果を聞きに行く時が来た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 103

103:肝臓がんの進行は?

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)9月頃の出来事です。~



入院してから数日後、CT検査の日が9月30日と決まった。

そして9月30日、検査の日がようやく来た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 102

102:肝臓がんの進行を検査するため入院

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)9月頃の出来事です。~



私は妻が運転する車で病院へと向かった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 101

101:様々な気持ち

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)9月頃の出来事です。~



以前、抗がん剤治療をする予定でカテーテル手術を行った。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 100

100:余命3ヶ月の宣告から6ヶ月が過ぎた

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)9月頃の出来事です。~



2004年(平成16年)9月下旬

末期がん肝臓がん)による余命3ヶ月の宣告から6ヶ月が過ぎていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 99

99:娘の結婚式の話しを聞く

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)8月頃の出来事です。~



ローラー滑り台を滑った後も、尻の痛みは続いていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 98

98:久しぶりに孫と遊ぶ 3

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)8月頃の出来事です。~



私が下で待っているとローラー滑り台から滑ってくる孫と妻の姿が見えてきた。

孫も私に気付いたらしく、一生懸命に手を振っていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 97

97:久しぶりに孫と遊ぶ 2

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)8月頃の出来事です。~



ローラー滑り台のところでは親子連れや子供達が声を上げて楽しそうに滑る姿が見えた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 96

96:久しぶりに孫と遊ぶ

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)8月頃の出来事です。~



病院に毎日通院して点滴を受ける生活も、日曜日だけは、その生活から開放される。

日曜日は外来病院が休みだからだ。。。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 95

95:チューブ交換中に大失敗?! 2

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)7月頃の出来事です。~



今回のチューブ交換の手術には先生の失敗(?)により複雑な思いもしたが、
何はともあれ何とか無事にチューブを交換する事が出来て、正直ホッとしていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 94

94:チューブ交換中に大失敗?!

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)7月頃の出来事です。~



恐る恐る造影剤を入れ、検査をした結果、
胆汁が出てこない原因はチューブが詰ってしまっていると言う事で
チューブを交換する事になった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 93

93:妻の信頼と自分の信念で今がある

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)7月頃の出来事です。~



私の末期がん(肝臓がん)による1年半の闘病生活の中ではいろいろな事があった。

その中で、今でも良く思い出す事がある。

妻が私に言った言葉だ。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 92

92:脱水症状と闘い9回入退院を繰り返す

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)7月頃の出来事です。~



胆汁の出が止まってしまったのはチューブが詰ったためだった。

チューブを取り替えるための手術の説明を聞いた後、
私達夫婦はいつもの1階のベンチに座り話しをしていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 91

91:今度は胆汁が止まった?!

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)7月頃の出来事です。~



通院をしながら点滴を受け始めて数日が経っていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 90

90:『お父さんはもう死なないよと思うよ。』

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)7月頃の出来事です。~



主治医からの退院許可は出たものの、私は不安で不安で仕方が無かった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 89

89:体調は安定するが不安は増える

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~



娘の車の修理を終え、病院に戻る車の中で私は思っていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 88

88:1つの大きな達成感を得る

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~



娘の車の修理を終えた私は、妻から胆汁の容器を受け取り、
ショルダーバックに入れ肩にかけた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 87

87:そして修理完了

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~



工場での修理を終えて病院へ戻ると、病棟のナースセンターに外出届を渡す。

その度に看護士さんが「お帰りなさい。」と言ってくれた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 86

86:外出許可をもらい娘の車を修理する

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~



私は工場の片づけを理由に主治医から外出の許可をもらった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 85

85:健康食品の保管方法

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~



私は主治医の回診の時、外出の事を聞いてみようと病室に戻った。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 84

84:食事の許可は出たが・・・

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~



ある日の夕方近く、私のところに主治医がやって来た。

そしてようやく食事の許可が出た。

次の日からようやく食事を取る事が出来るようになった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 83

83:『白い粉』の正体は・・・

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~



私はこの頃、手のひらに白い粉のようなものがいつも出ていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 82

82:食事が出来ない焦り

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~



氷を持ってきてくれた妻に体重の話しをした。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 81

81:食べれず飲めずで気力の維持が大変

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~



妻がそろそろ帰ると言うので、私も見送りがてらタバコを吸いに行こうと思い、
一緒に1階へと降りた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 80

80:私はギリギリの状態だった。。。

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~



私は気になっていた血液検査の結果を元看護士の妻に見てもらった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 79

79:主治医への不信感

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~



いつもの喫煙所のベンチに座り、外の景色を眺めながら話しをしていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 78

78:やはり造影剤の副作用

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~



主治医に今まで疑問に思っている事を質問し、主治医からの答えをもらった事で
やはり造影剤の副作用で胆汁の出が不規則になってしまったのだと確信できた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 77

77:この体調不良は造影剤の入れすぎ???

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~



ベッドから点滴台を見ると数種類の点滴の容器が下がっていた。

私は何故脱水症状になってしまったのだろうかと考えていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 76

76:目を覚ますとまた個室・・・

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



たった1ヶ月間で2度も『死』の宣告を受ける事になってしまった妻には
本当に申し訳ないと今でも思っている。

更にはその2ヶ月前の3月に
私が末期がん肝臓がん)で余命3ヶ月だと言う宣告まで受けさせてしまった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 75

75:2度目の『死』の宣告を受ける

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



妻に支えられ手すりにしがみついて
何とかやっとの思いで1階に降りる事が出来た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 74

74:また脱水症状?!そして2度目の救急車

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



足のつれや吐き気の繰り返しに私も妻も同じ事を考えていたと思う。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 73

73:突然の体調不良

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



次の日、朝から体調があまり良くなかった。

朝食を済ませ、ソファに座り休んでいたが良くならなかった。

身体がだるくて気持ち悪い状態だった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 72

72:浅間山に励まされる

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



1階の工場から2階の自宅まで階段の手すりにしがみつきながら
一歩ずつ上っては途中で休み、何とか2階のベランダまでたどり着いた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 71

71:久しぶりに仕事をしてみる

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



その日、私はいつものようにソファに座りテレビを見ていたが
前から気になっていた末娘夫婦の修理途中の車が気になり1階に降りた。

末娘夫婦の車は3月3日に私が一番最初に入院する直前に修理をお願いされ、
退院したらスグに修理するからとそのままになってしまっていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 70

70:この頃の私

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



5月もあと数日で終わろうとしていた。。。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 69

69:退院の許可が出る

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



突然の入院から10日ほど経った午前中の回診の時、
主治医から退院の許可が出た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 68

68:自分なりに食事を考える

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



次の日、3分がゆから5分がゆになっていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 67

67:コレが【食事】???

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



病院に入院していると日も曜日も分からなくなってしまう。

入院してから1週間近く経った頃、やっと食事の許可が出た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 66

66:待ちに待った食事が!しかし・・・

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



食べられない生活に私は次第に限界を感じてきていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 65

65:病院での1日の始まり

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



私の入院中の生活は朝が早い。

やっぱり寝る時間が早いと朝、目が覚めるのもどうしても早くなる。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 64

64:空腹の日々

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



私は緊急入院の日から主治医に食事を止められていたため、
病院の食事時間の間は、いつもの喫煙所のベンチで時間を潰していた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 63

63:総回診察、【白い巨頭】???

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



ある朝私は、いつものように食事時間中、喫煙所で時間を潰していた。

時間を見計らい病室に戻ると看護士さんが私のところにやってきた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 62

62:食事の無い生活・・・

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



妻が帰った後、私は喫煙所に行き、ベンチに腰かけた。

この喫煙所には様々な人がいた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 61

61:妻が病院へ

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



看護士さんが私のところに来て、病棟内の詳しい説明をしている時、
妻が入院に必要な物を持ってきてくれた。

やはり、妻の顔を見るとホッとする。。。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 60

60:目が覚めると・・・

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



目が覚めると個室の中で治療を受けていた。

病室の中を見回すが病室が何となく違っていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 59

59:会わせたい人がいたら今スグ呼んで下さい。。。

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



やっとの思いで階段のところまで来た。

しかしここからが大変だった。。。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 58

58:最悪の状態で救急車を呼ぶ

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



病院を退院して3日目

 

私は寝て起きれば良くなると思っていたが目を覚ますと悪い方に一変していた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 57

57:弱気になる

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



この、あまりにも急激な体調の異変に私は極度の不安に駆られていた。

それと同時にとても弱気になっていた。。。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 56

56:胆汁の出が不安定になる。

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



退院翌日、
その日は胆汁の出る量が今までと違い、不規則で安定していなかった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 55

55:嬉しい突然の退院

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



私の身体も過ごしずつではあるがバルーン手術を受ける前の状態に戻りつつ感じられた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 54

54:4人部屋には4人部屋の悩みが・・・

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



私はこうして無事に4人部屋へと移る事が出来た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 53

53:病室を移動してもらう

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



喫煙所で朝まで待っている時間はとても長く感じられた。

その中で、バルーン手術の事や娘の車の修理の事、そして、
去年みんなでみかぼ山へ行って山菜採りなどをして楽しんだ事などいろいろ思い出していた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 52

52:喫煙所で一夜を過ごす。。。

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



電気を付けた病室はとても静かだった。。。

この病室で今、何が起きていたのだろうか。。。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 51

51:オ・バ・ケを見る???

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



午後9時、病院ではもうすぐ消灯時間となる。。。

私は、ベッドで横になる事にした。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 50

50:ひとり淋しいゴールデンウィーク

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



結局ゴールデンウィークは孫達と遊びに行くどころか、病室で過ごす事になってしまった。

私は病室の窓からひとり、外を眺めていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 49

49:造影剤の恐ろしさを実感する

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



寒気と震え、そして嘔吐や激しい腹痛の後、気がつくと病室が変わっていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 48

48:造影剤の副作用に突然襲われる

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



先生の間違えに加え、最悪の検査結果に相当のショックを受けていた私は、
診察台から降り、手術着からパジャマに着替えた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 47

47:バルーン手術の検査当日 2

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



検査前の先生からの説明で、検査結果は数字の1,2,3で教えてくれる事になっていた。。。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 46

46:バルーン手術の検査当日

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



肝臓の中央部に出来た、大きな肝臓がんの腫瘍が、胆管を圧迫してしまい、
胆汁の流れを止めてしまっていた。

そのため身体にチューブを入れて胆汁を外に出していた。

それがあったために、ただ単に日常生活を送ることさえあまりにも不自由だったため、
バルーン手術の決断をしたのだった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 45

45:バルーン手術の説明を受ける

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



先生が病室から出て行った後、わき腹から出ているチューブの事を考えていた。。。

『コレが無ければどんなに自由になれるのだろう。。。』 と。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 44

44:病室での出来事

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



病室での入院の支度も一段落付いた後、私は妻に一旦自宅に帰るように話した。


妻が帰った後、私は病室から外を眺めていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 43

43:バルーン手術のため入院

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



4月28日

私は以前から気になっていた胆管を広げる手術(バルーン手術)について
医師に相談し、その手術が行えるかどうかの検査を受けるためこの日から入院する事になった。

実に1ヶ月ぶりの入院である。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 42

42:病院へ相談に行く』

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



4月26日

私は前から気になっていた胆管を広げる手術が可能か否か、相談するため病院へ行った。

受付を済ませ、私の診察の順番が来るのを待っていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 41

41:胸に抱いていたある疑問

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



私は妻に娘の車の事を話した。


妻は、
「今は無理をしない方が良いよ。
娘だってお父さんが元気になってからでいいって言ってるんだから。。。」

でも私は、休み休みでも、早く修理をしてあげたいと言う気持ちの方がはるかに強かった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 40

40:娘の車の修理を始める

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



身体の疲れは闘病による体力の衰えと肝硬変のため仕方が無いと思っていた。

でも、末期がん 肝臓がんの進行にはブレーキがかかったと思っていた。

妻もそう感じていたに違いない。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 39

39:久々の『休日』 2

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



4月9日に私は肝臓移植を断った。

あの日が私にとって運命の分かれ道だったと思う。

そして、私が選んだ道は正しかった様に思えた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 38

38:久々の『休日』

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



孫の喜ぶ顔が見たくて遊園地に連れて行くことになった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 37

37:末期がん 肝臓がんに負けたくない

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



大学病院からの帰り道、妻と伊藤さんの事やその他いろいろな話しをしながらやっと家に着いた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 36

36:大学病院の帰り道・・・

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



私と妻は、それぞれの考え方の違いはあったと思うが、
とりあえず、正式に肝臓移植を断る事が出来てホッとしていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 35

35:肝臓移植を断る 4

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



駐車場からかなり歩いてやっとの事で受付に着いた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 34

34:肝臓移植を断る 3

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



大学病院からの電話で肝臓移植を断ってから1週間、
正式に大学病院へ行って先生と直接話しをするまでの間、
私は1日1日をどう過ごしていたか、全く思い出す事が出来ない。。。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 33

33:肝臓移植を断る 2

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



大学病院との電話を切った後、電話のやり取りを聞いていた妻は
無言のまま、タメ息をついていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 32

32:肝臓移植を断る

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



4月9日

その日は肝臓移植の手術に向け、大学病院から入院の案内の電話が来る日だった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 31

31:肝臓移植をやめる決断をした理由

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



私が肝臓移植をやめようと決断した理由・・・、
前回でも少し触れましたが、ココはもうちょっと詳しくお話ししようと思います。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 30

30:肝臓移植を断る決心をする

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



私はこれを飲めばきっとがんは治る! とひたすら信じて飲み続けた。

私は妻に
「何事も無くこのまま飲み続けられると良いな。」と話した。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 29

29:肝臓移植への心の葛藤

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



4月2日の朝、私は昨夜の出来事を妻に話した。

そして妻に
「この健康食品を飲んでいれば肝臓がんが治るかもしれない。」とまで話した。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 28

28:健康食品の実感?!効果???

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



4月1日
私はこの日は1日中家にいる事にした。


時折ベランダに出て、外の景色を眺める事が末期がん肝臓がん)に対する不安を
少しでも忘れさせてくれる気がした。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 27

27:その頃の私

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



2004年(平成16年)3月31日、健康食品を飲み始めて2日目


私は昨日あった様々な出来事をおふくろに話しをした。

モチロン、健康食品の事も話しをした。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 26

25:命の恩人となった健康食品に出逢う 3

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



その後もお店の方の話しが進んだ。。。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 25

25:命の恩人となった健康食品に出逢う 2

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



私達夫婦は、早めの夕食を済ませ、伊藤さんと会うため約束の場所へと向かった。

私が紹介された健康食品は2種類で、
乳酸菌酵素抽出液なるものとアガリクスだった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 24

24:命の恩人となった健康食品に出逢う

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



今から思えば、伊藤さんはセリを採っている最中、しきりに時間を気にしていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 23

23:伊藤さんからの電話

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



私と妻は、それから少ししてから家に帰った。

私は入院中、もし退院する事が出来たらセリ採りに行きたいとずっと考えていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 22

22:一時退院、そして【最後】のセリ採りへ

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



肝臓移植のため、大学病院入院予定まであと10日と迫っていた。

黄疸をキッカケに入院をしてCT検査の結果、肝臓がんの宣告を受けた。

肝臓がんの治療をするために入院していた病院をまさか、
大学病院での肝臓移植に向けて退院することになるとは夢にも思っていなかった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 21

21:不安が募る日々

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



入院中の患者にとって病室の中では何もする事が出来ない。。。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 20

20:肝臓移植の費用と保険の可否 2

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



肝臓移植についていろいろな説明を受けながらも、費用も予想外のケタ外れの
金額だったので私達はうやむやな返事をする事しか出来なかった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 19

19:肝臓移植の費用と保険の可否

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



「肝臓がんの腫瘍が5cm以上の場合と、がんの腫瘍が4つ以上の場合は、
健康保険が適用されません。」

私と妻は先生の言葉にただただビックリしてぼう然としていた。。。

先生は話しを続けた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 18

18:肝臓移植の話しを聞きに大学病院へ 3

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



私は大学病院の待合室で待っている間、
精神的にも肉体的にもいっぱいいっぱいだった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 17

17:肝臓移植の話しを聞きに大学病院へ 2

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



肝臓がん・肝硬変と言う事もあり、車の運転もかなり大変だった。

アクセルやブレーキを踏むにも何かと力がいる。

ハンドルを切ると言うよりは、ハンドルにもたれかかって運転していた
と言うのが正しい表現かもしれない。

そんな運転をしながら何とか大学病院へたどり着いた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 16

16:肝臓移植の話しを聞きに大学病院へ

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



家族から肝臓移植の話しが出て、主治医からの説明もあったが
私は家族を巻き込んで複雑な思いもあったせいか、あまり気は進まなかった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 15

15:家族から肝臓移植のススメ2

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



妻は私の言う事など聞こうともせず、気まずい空気が部屋中を流れていた。

そんな中主治医が
「今は医療技術も進歩しています。
血液型が同じであれば肝臓の移植は可能だと思います。」 と言った。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 14

14:家族から肝臓移植のススメ

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



肝臓がんの治療のため、
直接抗がん剤を注入するための器具の挿入手術から1週間近く経っていた。


K県の病院と同じがん治療を受けるために、その健康食品を飲み、
準備はしていたものの、抗がん剤による治療はなかなか始まらなかった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 13

13:病室での初めての【出来事】

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



この日、妻と娘夫婦が孫達を連れて病院に見舞いに来てくれた。


孫が心配そうに、
「じいちゃん、大丈夫?」 と声をかけて来た。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 12

12:リザーバー【たいこ】

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



ベッドの上で不自由さを感じている中、
ふと、腹に手を当ててみると、腹に何か変なものが埋め込まれていた。

不思議に思ったので診察の時、主治医に聞いてみた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 11

11:カテーテル手術を受ける

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



3月18日、この日は肝臓がんの腫瘍に直接抗がん剤を注入し、
がんの治療を行うカテーテル手術の日だった。


この治療方法は、私が当時飲んでいた健康食品と、最先端のがん治療で有名な
K県の病院と同じ治療方法だった。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 10

10:強い意志と病状悪化

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



私の病室の窓から雄大な浅間山が見えていた。

浅間山を見ていると胃がんの末期で亡くなった兄の事や
私の家族と一緒にキノコ採りに行ったことを思い出す。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 9

9:初めての手術

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



入院して3日目の2004年3月5日、
いよいよ私の肝臓がんの治療が始まった。


昨日、先生から説明があった通り、身体に溜まった胆汁を外に出す手術、
経皮・経肝・胆道ドレナージ・ステント挿入手術をする事になった。


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末期がん(肝臓がん)闘病記 8

8:末期がん(肝臓がん)と向き合う

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



先生に肝臓がんと告知されたその日の夜、
私は妻を自宅に帰し、ひとりきりでいろいろな事を考えていた。


がんで無い事を祈っていたが、やはり肝臓がんを病名をつけられると
心の準備が多少出来ていたとしても死の恐怖が襲ってくる。



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末期がん(肝臓がん)闘病記 7

7:肝臓がんの宣告を受ける その2

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



ほんの数秒だったと思う。。。

どの位の時間が経ったのかさえ分からないが
となりにいた妻が先生に泣きながら言った。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 6

6:肝臓がんの宣告を受ける

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



2004年(平成16年)3月3日、
やっと入院する事が出来た。私にとって生まれて初めての入院だ。

入院の当日まで仕事に追われてしまい、本当に慌しかった。

入院をしてホッとしたのもつかの間、
今度はCT検査の結果が気にかかっていた。

私も妻も『がんで無ければ良いが・・・。』
その気持ちは一緒だった。。。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 5

5:黄疸の苦しみ

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~

外科での診察を受けた日から約1週間、黄疸の症状と 全身のかゆみ、身体のダルさは最悪だった。

全身のかゆみにたまりかねた私は、トクホンチールとムヒを身体全体に塗って かゆみをしのいだ。

手の届かない所は妻に塗ってもらった。

このかゆみは健康な方の想像を遥かに絶するものだった。。。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 4

4:病院への不満、そして入院

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)1~3月頃の出来事です。~



肝機能検査を終え、私は自宅へ戻った。

妻が、 「肝機能検査の結果・・・、どうだった?」 と聞いてきたので、
私は 「エコーの検査をするからって。2週間くらいあとに予約を取って来たよ。」と答えた


妻はエコー検査くらいすぐに出来ると思っていたらしく、
「エッ? 2週間もかかるの???」 と、ビックリしていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 3

3:肝機能検査

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)1月頃の出来事です。~



『肝臓が悪いんじゃない?』
と妻に言われた事で、私は自宅近くの病院で診てもらう事になった。

病院では肝機能検査(血液検査)をしてもらい、 結果は数日後に分かるという事で、自宅へ戻りいつも通り仕事をしていた。

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末期がん(肝臓がん)闘病記 2

2:黄疸のはじまり

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)1月頃の出来事です。~




この頃になると、私の体の異変は大きく感じられるようになってきた。

胃も十二指腸も検査をしてもらって全く異常が無かったのに
どうも体調が優れない。 何となくおかしかった。

『一体私の身体の中で何が起きているのだろうか。。。』

不安が付きまとっていた。。。



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末期がん(肝臓がん)闘病記 1

1:体調の異変と最新の健康食品

~このページの闘病記の内容は2003年(平成15年)9月頃の出来事です。~



実兄が胃がんの末期で亡くなってから約4年が過ぎていた。

兄と一緒にしていた仕事も何とか1人でこなしていた。


2003年(平成15年)、そろそろ夏も終わりに近づいてきた頃、
私自身の体調の異変に気付き、少し不安を感じ始めていた。

いつものように仕事をしていても何となく体がだるく疲れやすいのだ。

微熱も出て風邪のような症状も続いていた。。。


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