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末期がん(肝臓がん)闘病記 81
81:食べれず飲めずで気力の維持が大変
~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~
妻がそろそろ帰ると言うので、私も見送りがてらタバコを吸いに行こうと思い、
一緒に1階へと降りた。
妻が車に乗って帰って行くのを見ていると
私も一緒に家へ帰りたいと言う気持ちになった。
こう言う時、私は
末期がん(肝臓がん)と言う病気への不安が心に重くのしかかる。。。
タバコを吸って病室へ向かった。
足取りも重く感じる。
途中、冷水機に立ち寄って水を飲んで病室に戻った。
やはり、水を飲んでも私の身体の異変は全く起こらなかった。
私にとって『水も飲めない』
『食事も採れない』という事は何よりの苦痛だった。。。
私は次の日、主治医の検診の時、
「先生、氷を口に入れる位なら良いですか?」と聞いてみた。
すると主治医は
「氷くらいなら大丈夫です。」と言う答えが返ってきた。
私は早速妻に連絡を取り、
氷を買って病院に持ってきてもらうようにお願いした。
また、この日を境に私の身体にまた1つ異変が起こった。
手のひらに白い粉のような物が常時ついているようになったのだ。
私は気になって洗面所で手を洗ってみるが乾くとまた同じになった。
病院内の水道水は塩素が多いのかと病院を疑ってしまった程だった。
そんな中、妻がそろそろ氷を持ってきてくれる時間になった。
私は妻を迎えに行こうと
いつものように点滴台を押しながら病棟内の廊下を歩いていた。
ナースステーションの前でふと、体重計が気になりちょっと乗ってみた。。。
ナント、私の体重は38キロまで落ちてしまっていた。
やはり食べなければ体力はつかない・・・
『このままでは末期がん(肝臓がん)に負けて死んでしまう。。。』
何とかしなければと焦りを感じていた。
私は失意の中、1階に降りいつもの場所に座り妻を待っていた。
病院の前の道路を車が行き交っていた。
羨ましくながめていると妻の車が病院内に入ってきた。
まずは第一段階としてこれで氷をなめる事が出来ると自分に言い聞かせていた。
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⇒82:食事が出来ない焦り| 私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。 同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。 私の経験してきた闘病生活などのご質問やご感想等、何でも投げかけて下さい。 メールを頂ければ可能な限りご回答致します。 ◆メールはこちらです。◆ |
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