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末期がん(肝臓がん)闘病記 86

86:外出許可をもらい娘の車を修理する

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~



私は工場の片づけを理由に主治医から外出の許可をもらった。


どれ位日数がかかるか分からないが少しずつ修理を続けて行けば何とかなると思った。


モチロン、日中は外出するものの、1日4本の点滴は欠かす事は出来ない。

ただ、今までのペースでは外出出来る時間が無くなってしまうので
主治医の指示で早めてもらう事になった。


朝食前、看護士さんに点滴の針を抜いてもらう。


1日中点滴を受けている私にとって、この時の快感は忘れられない。。。

自由になれた気持ちでホッとする瞬間だった。



朝食を済ませ、病棟のナースセンターに外出届けを出した後、
1階の喫煙所へと向かった。

自販機のコーヒーを買い、タバコを吸いながら妻の迎えの車を待った。

こういう日がこれからも続くだろう。。。




私は家に着くとすぐに工場のシャッターを開け、娘の車の修理に取りかかった。


静かな工場に修理の音が響き渡っていた。


妻もおふくろも私の病状に気づかい、心配しているようだった。

それでも、修理をする私の姿を見て少しはホッとしているようだった。




その頃は私が末期がん肝臓がん)による
余命3ヶ月の宣告を受けてからちょうど3ヶ月が過ぎようとしていた。


普通ならば、病院のベッドの上で寝たきりになっていてもおかしくないが
私は今こうして車の修理をしている・・・。普通では考えられない事かも知れない。。。



昼は家で食べるが病院食とは違い、我が家の味はやはり美味い!



夕方4時頃、一旦修理を終えて1時間位休んでから病院へ戻る事にした。


家で休んでいると病院へ戻るのがイヤになってくるが
重い腰を上げて妻に送ってもらい病院へと戻った。









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⇒87:そして修理完了



私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。
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