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末期がん(肝臓がん)闘病記 93

93:妻の信頼と自分の信念で今がある

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)7月頃の出来事です。~



私の末期がん(肝臓がん)による1年半の闘病生活の中ではいろいろな事があった。

その中で、今でも良く思い出す事がある。

妻が私に言った言葉だ。


「お父さんが脱水症状を起こすたびに救急車に運ばれて入院するでしょう・・・、
私はその度に別室に呼ばれて主治医の先生から
『ご主人はもう助かりません。』と言われていたんだよ。

4回目の脱水症状の時、
また救急車で病院に運ばれて主治医の先生が治療をしてくれたんだけど
治療の後でまた私を呼んで
『奥さん、今回はもうご主人は助かりませんよ。』って言われたの。

でも私はもうその時にはお父さんは絶対死なないって心の中で思っていたから
先生が真剣な顔で話しをしてくれていたのに
思わず笑いながら話しを聞いちゃったんだよ。

そしたら先生が
『奥さん、笑っている場合ではないですよ。』って怒られちゃった。。。」

と言った。




また、妻はこんな事も話してくれた。


「お父さんが大学病院での肝臓移植を断ったでしょう・・・、
その当時あの先生は大学病院にいたらしくて
お父さんが肝臓移植を断ったことで、
準備を進めていた大学病院側はすごく大変だったと
まるで私達が悪いかのように話していた事があったのよ。」
と。


私はその話しを聞いて笑っていた。

そして妻に
「もしあの時肝臓移植を受けていたら
俺はもうこの世にはいなかったかも知れないよ。

もしそうだったら2500万円と言う高額な手術費だけが残ってしまっていたよ。

そう考えると俺が肝臓移植を断ると言う決断をしたことは
間違えでは無かったんじゃないかな。」
と言った。


妻も
「うん、そうだね。
今こうしてお父さんが生きているのだから私もそう思うよ。」
と言った。



私の死の宣告を何度も受けながらも
『お父さんは絶対に死なない』と思ってくれていた 妻の私に対する信頼と、
肝臓移植を断って健康食品を信じ抜いて全てを賭けると決めた私の信念が
神様に伝わって今の私があるのかも知れないと思った会話だった。


私達はそんな話しをしながらコーヒーを飲んでいた。









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私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。
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