TOPページ > 肝臓がん闘病記 …【SiteMap】 > 末期がん(肝臓がん)闘病記 107

末期がん(肝臓がん)闘病記 107

107:娘の結婚式直前にまた胆汁が・・・

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)9月頃の出来事です。~



検査入院の後、私は退院する事になった。


今回の入院は私達夫婦にとっていつもの入院とは違っていた。

自分自身の直感を信じた事に結果が得られたからだ。


今後は胆汁が安定してくれる事だけだった。


そして間近に迫っていた末娘の結婚式に出られる事が
私の何よりの願いだった。



私の生活はと言うと、日曜日以外は
外来で毎日点滴を受ける日が続いていた。



ある日、子供達夫婦が私の家に集まり
末娘の結婚式の話で盛り上がっていた。

私は
「バージンロードの歩き方を教えてもらえないか?
お父さんは分からないから頼むよ。」と言った。

すると末娘が
「お父さん大丈夫よ。
キチンと教えてもらってくるから心配しないで。」と言った。


そんな会話に皆で笑った。

久々の家族の笑顔に私はホッとした。

ただ、笑いすぎると胆汁のチューブを止めてあるわき腹が痛かった。


私が笑いながら「イタタタッ」と痛がる姿に皆がまた笑う・・・。

この時、家族に囲まれ私は生きている喜びをかみしめていた。。。




しかし私の身体はまた嫌な状態になりつつあった。


次の日からも点滴に病院へ通う中、日一日と結婚式が近づくにつれ、
胆汁の出る量がまた増え始めていたのだ。


何とかして持ちこたえようと水分を一生懸命摂る日が続いたが
これ以上通院で点滴を受けながら家にいても
また脱水症状を起こしかねない状態にまでなってしまっていた。


私は主治医に相談してみようと病院へ行く事にした。



病院に着き、受付を済ませて
主治医が来るのを妻とふたりで待っていた。

しばらくして主治医が来てくれた。


私は主治医に娘の結婚式が間近に迫っていることを話した。

主治医は
「分かりました。病室が空くまで応急室で点滴をしましょう。」と言ってくれた。

私は「お願いします。」と答えた。









次の末期がん(肝臓がん)闘病記に進む
⇒108:突然意識が無くなる、どうしたんだ?



私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。
私の経験してきた闘病生活などのご質問やご感想等、何でも投げかけて下さい。
メールを頂ければ可能な限りご回答致します。

◆メールはこちらです。◆





《《携帯メールは設定確認を!》》
多くの方々からご感想メールを頂き、ありがとうございます。
とても嬉しく思っております。
メール頂いた全ての方に出来る限りお返事させて頂いているのですが、
戻って来てしまう事も多々あります。
特に、携帯メールから送って頂いた方に多いようです。
私はPCメールから返信してますので、今一度設定確認の程、お願い申し上げます。
設定方法は下記の検索で調べてみて下さい。

⇒pcメール 拒否 解除


数日お時間を頂く事もございますが、出来る限りお返事させて頂いております!

◆メールはこちらです。◆

関連する内容

末期がん(肝臓がん)闘病記 最終章

末期がん(肝臓がん)闘病記 最終章     ~命【いのち】の重み~ 私は今とても気に入っている曲があります。 小田和正

末期がん(肝臓がん)闘病記 235

235:セリを採る妻を見ながら思い出す     ~がん を克服し人生の再出発を誓う~ ~この闘病記の内容は2006年(平

末期がん(肝臓がん)闘病記 234

234:セリを採る妻を見ながら思い出す     ~そして健康食品に全てを賭ける~ ~この闘病記の内容は2006年(平成1

末期がん(肝臓がん)闘病記 233

233:セリを採る妻を見ながら思い出す     ~生体肝移植を考えた妻・・・~ ~この闘病記の内容は2006年(平成18

末期がん(肝臓がん)闘病記 232

232:セリを採る妻を見ながら思い出す     ~肝臓がん告知と心の葛藤~ ~この闘病記の内容は2006年(平成18年)

末期がん(肝臓がん)闘病記 231

231:セリを採る妻を見ながら思い出す     ~身体の異変、そして肝臓がんの告知~ ~この闘病記の内容は2006年(平

末期がん(肝臓がん)闘病記 230

230:ふと2年ぶりにセリ採りへ ~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~ 長かった闘病生活だ