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末期がん(肝臓がん)闘病記 111

111:そして娘の結婚式当日

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)9月頃の出来事です。~



娘の結婚式の当日

いつものように朝早く目が覚めた。

病室の患者さん達はまだ眠っていた。


私は当日になっても諦め切れなかった。

試しに点滴台を支えに歩いてみた。

昨日よりは良いがそれでも長く歩くのはキツかった。


病室の前の廊下をゆっくり歩く。窓の外はまだ暗い。

私は病棟のエレベーターの前のイスに腰かけ、
我が家、そして式が行われる方向を眺めていた。


しばらくすると外が明るくなり始めた。

『今行けばまだ式に間に合う・・・。』

そう思いながら窓の外を眺めるが
『どうやって行くのだ?!』と心の葛藤が続いていた。


その当時の私の身体の状態では
100メートルくらいでも支えが無ければ歩けないのだ。


『電車に乗り最寄り駅まで着いたとしても
ホームを歩いて式場までひとりでたどり着けるか?』

『タクシーがあるじゃないか。
しかし仮にタクシーに乗っていくにも洋服はどうするのか。。。』


それでも行きたい。

何としても行きたい。

行ってやりたいのだ。


そんな心の迷いと闘いながら窓の外を眺めていた。。。



結婚式の時間が近づくとやはり私は病室には居られず
喫煙所に来てしまっていた。

私は椅子に腰かけ、点滴台に吊り下げられてある胆汁の容器を見て
この胆汁さえ安定しててくれればと恨めしげに何度も見ていた。



そして時間だけが無情に流れていった。。。



夕方近くに妻から電話があった。

無事に式が終わったとの電話だった。


電話の向こうで妻が「娘の花嫁姿はキレイだったよ。」と話し、
「娘とふたりで『ここにお父さんがいたらどんなに喜ぶだろうね。』って言って
二人で泣いてしまったんだ。」と話してくれた。


それを聞いて私は心残りではあったが
無事に終わった事が何より嬉しく思った。



私は嬉しいながらも複雑な気持ちの中、病室に戻りベッドに横になった。


せっかく今、生きていられてるのに
何故こんな大切な日を前に気を失ってしまったのだろうか・・・。


私は自分を責めていた・・・、そして病気を憎んだ。。。



こうして娘の結婚式当日が過ぎていった。


私はこの日、何度、何時間、窓の外を眺めていただろうか。。。


末期がん(肝臓がん)闘病記:娘の結婚式

↑病院から見ていた娘の結婚式が行われた方向の景色です。



私はその日からタバコを吸うのを辞めた。









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⇒112:結婚式後の私



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