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末期がん(肝臓がん)闘病記 12

12:リザーバー【たいこ】

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



ベッドの上で不自由さを感じている中、
ふと、腹に手を当ててみると、腹に何か変なものが埋め込まれていた。

不思議に思ったので診察の時、主治医に聞いてみた。


主治医は、
「それはリザーバーといってそこから直接抗がん剤を入れるための物ですよ。」
と教えてくれた。

医師の用語で【たいこ】と言うのだそうだ。

言われてみればホントに小さな【たいこ】のようだった。


肝臓がん治療のため、抗がん剤による治療の準備は
出来ていたが、実際の治療はなかなか始まらなかった。



私には知らされていなかったがこの頃、妻は主治医に呼ばれ、
『ご主人は進行性の肝臓がんの末期症状のため、
抗がん剤の治療をしたとしても余命3ヶ月でしょう。。。』
と言われていた。


⇒これが末期がん(肝臓がん)による余命3ヶ月の告知書です。


どんな気持ちで妻は主治医のこの言葉を聞いていたのだろうか。。。

これからどうして行こうと考えていたのだろうか。。。

どう受け止めたのだろうか。。。



その当時の妻の思いを考えると今でも胸が痛くなる。

本当に良く耐えてくれたと思う。。。



私は何も知らされていなかったので手術から3日目にようやく尿のチューブが
外されたので、もうすぐ抗がん剤でのがん治療が始まるだろうと思い、
自宅から持ってきたその健康食品を何よりも先に飲んだ。


朝・昼・夕と、手術後は飲めなかったので抗がん剤治療の前に
少しでも身体の免疫力を高めて備えなければ
と必死な思いで飲み続けた。

とにかく抗がん剤の副作用を出来る限り抑えなければと
自分なりに考えていた。


その健康食品を飲み続ける事で、
また、K県の病院のがん治療の方法と同じにする事で、
私自身がこれから抗がん剤治療をやっていく上で少しでも安心したかった。



コレばかりはやってみなければ分からない事だが、
とにかく主治医には内緒でその健康食品を飲み続けた。









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⇒13:病室での初めての【出来事】



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