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末期がん(肝臓がん)闘病記 133
133:抗がん剤をしないならリザーバーも不要
~この闘病記の内容は2004年(平成16年)10月頃の出来事です。~
私の身体には肝臓がんに直接抗がん剤を注入する事が出来る
【リザーバー】という物が埋め込まれていた。
だが、【リザーバー】を埋め込んだ当時の私の身体は
抗がん剤などでは手に負えない程、末期がん(肝臓がん)が悪化していた。
そのため、【リザーバー】は私の身体に埋め込まれたまま、
1度も使用される事は無かった。
私は、
『今後も抗がん剤は絶対に使わないと心に決めている以上、
いっその事手術をして取ってしまおう。』と考えていた。
この頃の私の末期がん(肝臓がん)に対する治療の希望(理想)は
- 胆汁の処置を自分でやらせてもらう事
- 【リザーバー】を手術で取ってもらう事
だった。
体調も安定してきたある日、
回診で来た主治医に考えていた事を話してみた。
私は
「先生、胆汁が詰ってしまった時の処置は
教えてもらってから自分でも行う事は可能ですか?」と聞いてみた。
主治医は
「出来ると思います。
今度胆汁が詰ってしまった時、処置の方法をお教えしますね。」と言ってくれた。
これで1つ目の希望が叶いそうだ・・・。
私はすかさず2つ目の【希望】について聞いてみた。
「それと先生、もう1つ伺いたい事があるんですけどね・・・、
私のお腹の中にあるリザーバーの事ですが、
私はもう抗がん剤はしないと心に決めていますから
このリザーバー、手術して取ってもらいたいと思っているのですが・・・。」
すると主治医はこう言った。
「手術で取る事はモチロン可能です。
ただ、もし取ってしまったら次に入れる事は出来ません。
それだけは覚悟して下さいね。
それでも良いならば取りますよ。」
私には全く迷いは無かった。。。
「分かりました。
それでも構いませんので取ってください。」と私は主治医にお願いした。
私の末期がん(肝臓がん)治療に関しては
【抗がん剤】は使わないと決心していたので
手術自体に関しては今までの経験から多少なりとも不安はあったが
取ってもらう事にした。
それから数日後、リザーバーを取り除く手術の日が決まった。
私は早速妻に連絡を取り手術の日を知らせた。
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