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末期がん(肝臓がん)闘病記 14

14:家族から肝臓移植のススメ

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



肝臓がんの治療のため、
直接抗がん剤を注入するための器具の挿入手術から1週間近く経っていた。


K県の病院と同じがん治療を受けるために、その健康食品を飲み、
準備はしていたものの、抗がん剤による治療はなかなか始まらなかった。



ある日の夕方、妻や子供達が揃って病室にお見舞いに来てくれた。

しかし、皆が揃って来ることはとても珍しい事だったので、
「今日はどうしたんだ?」 と私は不思議に思い声をかけた。

良く見るといつもついて来る孫達の姿も無い。。。

「あれ?孫達は??」 と妻に聞いた。


妻は孫達の事には触れずに、 「お父さん、主治医の先生から話しがあるから行こう。。。」 とだけ答えた。

私は何か雰囲気がおかしいなと思ったが、
妻の言う通り、家族と一緒に主治医のところに向かった。



主治医のところに行き、主治医が私に話し出した。

「笹野さん、ご家族の方から肝臓移植の申し出がありました。」

「エッ?肝臓移植??」

「そうです。肝臓移植です。
私は肝臓移植の専門ではありませんので、大学病院を紹介しますので、
そちらで詳しい説明を受けて下さい。」



私はあまりにも突然の事でビックリし、また、戸惑ってしまった。

何か皆の様子がおかしいとは思っていたが、まさかいきなり肝臓移植とは。。。

何が何だか分からない状態だった。。。


テレビやマスコミなどで良く報道されているが、その肝臓移植を
何故私が受けなくてはならないのかと不思議に思えた。


一口に肝臓移植と言っても、肝臓の提供者はそう簡単には
見つかるものではないだろう。。。

そして仮に肝臓の提供者が見つかったとしても
私と適合されるかどうかも分からない・・・。


末期がん(肝臓がん)の治療として、抗がん剤治療の準備のみを考えていた
私にとって、いきなり肝臓移植などという難しい手術の話しに戸惑いを隠せなかった。



主治医の説明などいろいろ会話をしている中で
妻が、「私の肝臓を使ってください!」と言い出した。

私は何を言ってるんだと思って思わず、
「肝臓の移植手術は考えていません。」と主治医に言った。









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⇒15:家族から肝臓移植のススメ2







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