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末期がん(肝臓がん)闘病記 16

16:肝臓移植の話しを聞きに大学病院へ

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



家族から肝臓移植の話しが出て、主治医からの説明もあったが
私は家族を巻き込んで複雑な思いもあったせいか、あまり気は進まなかった。


しかし妻が
「肝臓移植を受けるにしても受けないにしても先生もこうやっておっしゃって
くれているんだから1度、話しだけでも聞きに行こうよ。」
と言ったので、私は渋々主治医に紹介状を書いてもらう事にした。





2004年(平成16年)3月26日


この日は主治医に書いてもらった紹介状を持って、大学病院に
肝臓移植の話しを聞きに行く日だった。


私はこの日まで病院の車で誰かが運転をしてくれて大学病院まで
私と妻を乗せて行ってくれるのだろうとばかり思っていた。

当日になり、その気配が全く無かったので
「誰がオレ達を連れて行ってくれるのかな?」 と妻に聞いてみた。

すると妻は、
「私達だけで自分の車で行くみたいよ。」 と答えた。


私は思っていた事と全く違っていたのである意味、拍子抜けしてしまった。



妻の運転で行くにしても妻は大学病院の道順さえ知らなかった。

大学病院へ行くには一般道路と高速道路を使って行かなければならなかった。


妻の運転であの道のりは・・・、と思うと少し不安な気持ちになった。

「オレが運転していくよ。」 と妻に伝えた。

妻はビックリして
「エッ? 大丈夫?? そんな身体で。。。」 と言ったが

「お前の運転よりはマシだろ!(笑)」 と言って病院から一旦
自宅へ戻り、私の車に乗り換えてから大学病院へ向かう事にした。

私が運転して行くのであれば、慣れた車の方が運転しやすいし、また、
私の車の方が大きいのでその分、身体への負担も軽減されると思ったからだった。









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⇒17:肝臓移植の話しを聞きに大学病院へ 2







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