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末期がん(肝臓がん)闘病記 174
174:病院でのゴールデンウィーク
~この闘病記の内容は2005年(平成17年)5月頃の出来事です。~
結局私はゴールデンウィーク前に退院許可をもらう事は出来ず、
楽しみにしていたゴールデンウィークは病院で過ごす事になってしまった。
ゴールデンウィークに入り、子供達夫婦が孫を連れて見舞いに来てくれた。
この時、私はちょうどベッドに寝て点滴を受けているところだった。
昼間からベッドで寝ている私を見て心配になったのか、
孫は「じいちゃん・・・、大丈夫?」と優しく声をかけてくれた。
私が
「じいちゃんは大丈夫だよ。もう少しで元気になるからね。
元気になったらまた動物園に行こうね。キノコ採りも楽しみだな。」と言うと、
嬉しそうに「うん!」と笑いながらうなずいた。
長女も2人目の子供がお腹の中にいた。
6月初めが出産予定日だった。
女の子と言う事が分かっていたが、無事に産まれてくれればと願っていた。
皆が帰る時、私も一緒に病院の玄関先まで見送る事にした。
病棟の廊下を点滴台を押して歩いていると孫は何か不思議そうに点滴台を見ていた。
私は孫に「押してみるか?」と声をかけると何か楽しそうに私と一緒に押していた。
帰り際、孫がいつも楽しみにしている自販機の焼きソバを買ってあげた。
↑手前の自販機で焼きソバを買ってあげていました。
その頃の私にとって孫にしてあげられることはそれ位の事しか無かった。
そして皆が帰っていく時はこれまたとても淋しい思いがあった。
私は子供達を見送り、ひとり病室へと戻った。
←これはちょうどこの頃、
娘が携帯で撮ってくれた写真です。
闘病中の私の写真は
この1枚のみでとても貴重です(笑)。
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⇒175:何やら《赤い糸ミミズ》のようなものが| 私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。 同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。 私の経験してきた闘病生活などのご質問やご感想等、何でも投げかけて下さい。 メールを頂ければ可能な限りご回答致します。 ◆メールはこちらです。◆ |
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