TOPページ > 末期がん(肝臓がん) …【SiteMap】 > 末期がん(肝臓がん)闘病記 175
末期がん(肝臓がん)闘病記 175
何やら《赤い糸ミミズ》のようなものが
~この闘病記の内容は2005年(平成17年)5月頃の出来事です。~
私は娘に持ってきてもらった趣味のキノコの本を暇つぶしに読んでいた。
ページをめくると採れた日付と場所が所狭しと書いてあった。
それは以前、兄と私がつけていたものだった。
あの頃を懐かしく思いながら見ていた。。。
すると病室の前を点滴台を押しながら
何度も行ったり来たりを繰り返している中年の女性に気付いた。
私はどうして廊下を行ったり来たりしているのか不思議に思った。
私は廊下に出てその女性に声をかけてみた。
その女性は腸の病気で腸の働きが特に悪いという事だった。
「先生にはとにかく歩くようにと言われて廊下を歩いているのだけど
腸がなかなか動いてくれないんです。
今、食事も止められていて点滴だけなんですよ。。。
だからお腹がすいて歩くのもつらいのだけれど
腸が動かなければ食べられないし。。。
本当に変な病気になってしまいましたよ。」としみじみ私に話しをしてくれた。
私は本当にいろいろな病気があるものだと思った。
夕食後、私はいつもの一服タイムをしに行こうとベッドから降りた。
胆汁の容器を見ると半分位溜まっていた。
私は処理をしてからタバコを吸いに行こうと思い、
胆汁の容器を持っていつも処理をするところへ行き、胆汁を捨てた。
ふとチューブに目をやると
何やら今までに見たことも無い赤いニョロニョロをしたものが出てきていた。
それはまるで、赤い糸ミミズのようなものだった。
私は不思議に思い、それを眺めていた。
そしてしばらくするとその赤い糸ミミズのようなものは出なくなった。
この事を主治医に話そうと思ったが
どうせ「がんだから。」で片付けられてしまうと思い、
結局私は主治医に話さなかった。
今こうしてブログを書いていてもあの日の事は鮮明に思い出す事が出来る。
それ位不思議なものだった。
その数日後、私は退院出来るようになったが
廊下で見かけた女性はその日も廊下を歩き続けていた。
次の末期がん(肝臓がん)闘病記に進む
⇒176:やっと退院!イチゴ狩りへ| 私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。 同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。 私の経験してきた闘病生活などのご質問やご感想等、何でも投げかけて下さい。 メールを頂ければ可能な限りご回答致します。 ◆メールはこちらです。◆ |
|---|
関連する内容
末期がん(肝臓がん)闘病記 最終章
末期がん(肝臓がん)闘病記 最終章 ~命【いのち】の重み~ 私は今とても気に入っている曲があります。 小田和正
末期がん(肝臓がん)闘病記 235
235:セリを採る妻を見ながら思い出す ~がん を克服し人生の再出発を誓う~ ~この闘病記の内容は2006年(平
末期がん(肝臓がん)闘病記 234
234:セリを採る妻を見ながら思い出す ~そして健康食品に全てを賭ける~ ~この闘病記の内容は2006年(平成1
末期がん(肝臓がん)闘病記 233
233:セリを採る妻を見ながら思い出す ~生体肝移植を考えた妻・・・~ ~この闘病記の内容は2006年(平成18
末期がん(肝臓がん)闘病記 232
232:セリを採る妻を見ながら思い出す ~肝臓がん告知と心の葛藤~ ~この闘病記の内容は2006年(平成18年)
末期がん(肝臓がん)闘病記 231
231:セリを採る妻を見ながら思い出す ~身体の異変、そして肝臓がんの告知~ ~この闘病記の内容は2006年(平
末期がん(肝臓がん)闘病記 230
230:ふと2年ぶりにセリ採りへ ~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~ 長かった闘病生活だ
