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末期がん(肝臓がん)闘病記 178
178:でも大満足の【イチゴ狩り】に!
~この闘病記の内容は2005年(平成17年)5月頃の出来事です。~
道中スピード違反と言うアクシデント(?)はあったものの
何とか目的地にたどり着いた。
私達家族にとって初めてのイチゴ狩りだった。
その当たり一帯は【イチゴ狩り農園】だらけで
何処の農園に入ろうかと迷うくらい、ビニールハウスが立ち並んでいた。
私達は一番手前のビニールハウスに入ってみることにした。
広いビニールハウスの中はとても広く暖かかった。
私達は初めて見る光景にビックリしていた。
当然と言えば当然だが中にはいっぱいイチゴがあった。
40~50センチ位の幅で何列にもなっていて
ビニールハウス内はイチゴの甘い香りが漂っていた。
私達は広いビニールハウスの中で
それぞれ思い思いの場所でイチゴを摘んで食べ始めた。
↑これは今年の5月に妻と娘と孫を連れて
同じところへイチゴ狩りに行った時の写真です。
孫も大喜びです。
当時はちょうどお腹の中にいたふたりです。『大満足』って感じです(笑)。
私は孫と一緒に食べ始めた。
孫が「じいちゃん!コレ、大きいね!!!」と指を指した。
私はそれを取ってあげた。孫はおいしそうに食べていた。
「あっ!ここにもあった! ここにもだよ!!!」
と孫は少々興奮気味に私に言ってくるので私もその度に取ってあげて食べさせてあげた。
私も孫もペース配分が分からず、
1つの列でもう既にギブアップの状態になっていた。
私はこの頃は味覚の変化に苦しんでいた頃だったが
イチゴは旨く感じながら食べる事が出来た。
それにしても【イチゴ】と言うのは
想像以上にそうは食べられないものだという事が良く分かった。
私と孫はベンチに座り、休む事にした。
孫も満足そうにベンチでゴロ寝していた。
しばらく休んだ後、孫に「イチゴ食べるかい?」と聞いてみた。
孫は「もういらない。」と首を横に振って答えた。
イチゴが何より大好きな孫だったが
その後はしばらく食べなかったそうだ(笑)。
皆も大満足してまた来年も来ようとイチゴ園を後にした。
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⇒179:味覚が変わっても何故か赤飯だけは?!| 私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。 同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。 私の経験してきた闘病生活などのご質問やご感想等、何でも投げかけて下さい。 メールを頂ければ可能な限りご回答致します。 ◆メールはこちらです。◆ |
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