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末期がん(肝臓がん)闘病記 208

208:『いつもの場所』で振り返る

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



1階に降り受付を通ると、受付の方もチューブが取れた
身軽な私の姿に喜んでくれた。


末期がん(肝臓がん)闘病記:いつもの喫煙場所

外へ出ていつもの自販機でコーヒーを買い、いつもの場所に座った。

タバコを吸いながら外の景色を眺めていた。

末期がん(肝臓がん)闘病記:喫煙場所から見た風景

私はどれ位この場所へ来た事だろうか・・・。

この病院での1年半の間、春夏秋冬を通していつもこの場所へ来ていた。

穏やかな春の日もあればジリジリと焼け付く夏の日差しの日もあった。
落ち葉が色付く秋、そして木枯らしが吹く寒い日に
ジャンパーを羽おりたたずむ日もあった。


病気に対しての不安を感じたり
また生きられると言う希望を持ったりと様々な気持ちでここに来た。



またこの場所は
長い闘病生活や入退院の繰り返しの中で唯一の気分転換の場所であったり
時には苦しみから逃れるための場所であったり
迎えに来る妻を待つ場所でもあった。


でも今、私は がん と戦い、がん に勝つ事が出来た。


私は数日後、思いがいっぱい詰まったこの場所から離れる事になる。

もう苦しさの思いでこの場所に来る事は無いだろう。。。


この病院で長い期間入退院を繰り返す中、
どんなに険しい闘いの中でも自分自身を信じ、家族の助けを借りて
私なりのやり方で信念を貫いてやってきた事に
結果が出たという事がたまらなく嬉しかった。



私は妻にチューブが無事取れた事を連絡した。

妻は
「良かったね!本当に良かった。
退院の日が決まったらお赤飯を炊いてお祝いしようね。」と言ってくれた。


その後私は長男と長女と次女それぞれの子供達に
無事チューブが取れた事を連絡した。


また、おふくろにも本当に心配させてしまった。

父や兄が がん でこの世を去り、私までもがと思うと
どうしても死ぬ訳には行かなかった。

父と兄の死を無駄にしないためにも
私は自分なりにもし自分が がん になった時のために
いろいろと勉強してきたつもりだった。

その経験が私自身 がん の告知を受けた事により生きてきたと思う。


今考えるとあの時兄も私と同じように がん の告知を受けていれば
また違った闘病生活になったのかも知れないと思う事がある。









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⇒209:【がんの告知】について思う事 1



私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。
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