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末期がん(肝臓がん)闘病記 22

22:一時退院、そして【最後】のセリ採りへ

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



肝臓移植のため、大学病院入院予定まであと10日と迫っていた。

黄疸をキッカケに入院をしてCT検査の結果、肝臓がんの宣告を受けた。

肝臓がんの治療をするために入院していた病院をまさか、
大学病院での肝臓移植に向けて退院することになるとは夢にも思っていなかった。


退院の日、お世話になった看護士さん達も笑顔で見送ってくれた。

この時病院からもらった退院証明書です。


抗がん剤やがんの治療に対する心の準備とはあまりにも違う結果に
戸惑いも感じていたが、久しぶりに我が家に帰れる安堵もあった。



自宅に帰り、今までおふくろには心配させないように肝臓がんと言う病名は
告げずにいたが、キチンと話しをする事にした。


私はおふくろが不憫でならなかった。。。


その当時の5年前に兄を胃がんで失い、またこの私が
肝臓がんでおふくろを先に残して死ぬわけには行かない。。。

私は絶対に死ぬ事は出来ないと自分に言い聞かせていた。


私は出来るだけ元気そうな素振りをした。

そしておふくろを安心させるように心がけた。




その日は天気も良く、小春日和でセリ採りにでも行こうと友人を誘った。

私と妻と伊藤さんの3人でセリ採りに行く事になった。


命の恩人、伊藤さんです。

↑私の友人、伊藤さんです。
伊藤さんは私の肝臓がん(末期がん)克服を語る上で外せない存在です。


その場所は以前、兄とも良く一緒に来た場所だった。

この季節になるとたくさん採れる、
いわば、誰も知らない秘密の場所だった。


末期がん(肝臓がん)闘病記:セリ採り2

私は、その時、もうこの場所へは2度と生きては来られないかもしれない
と言う思いが頭の中を強くよぎっていた。。。

最後となるであろう、この景色を良く焼き付けておこうと思っていた。。。


伊藤さんも私の身体を気遣ってか、「大丈夫?」 と声をかけてくれた。


『妻は今、どんな思いでセリを採っているのだろうか。。。』
と思いながら私はセリを採っていた。


1,2時間経ってセリも大分採れた頃、
伊藤さんが「これから知り合いの人と約束があるから悪いけど先に帰るね。」と言って、 伊藤さんだけ先に帰ることになった。









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⇒23:伊藤さんからの電話







私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。
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