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末期がん(肝臓がん)闘病記 212

212:胃がんで亡くなった兄の事を想う

~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~



また兄の時は 胃がん と診断されその日のうちにいきなり余命宣告を受けた。


この時はさすがに私も突然の事でビックリした。


兄には胃潰瘍と言う事で知らされてはいなかったが
私も含め家族は何としても兄に 胃がん と言う事を悟られないように
神経を使った。


私は兄の主治医に
「先生、何か良い治療方法は無いですか?兄を助けて下さい。」
と必死に尋ねたが主治医は医学書をめくりながら
「方法はありません。」の一言で終わってしまった。


しかしそれでも私は諦めきれずに兄を助けるため
必死で がん に効く良い物を探し回った。

病院での治療と併用で数種類の健康食品を兄に飲ませた。


飲ませる事で少しは回復の兆しが見えたもののすぐに病状は悪化してしまった。

もう探している時間は無いと言う時、
最後に飲んでもらったのは【御神水】と言われる水だった。


私にとってワラにもすがる最後の神頼みだった。




ある日の朝、仕事の打ち合わせに兄の病室へ行った。

その時兄はおふくろの手を借りながら歯をみがいていた。


兄は私の顔を見ながら仕事の話しをしていたが
話しをしている兄の目がいつもと違っていた。

どう表現して良いのか分からないがいつもの兄の目とは違っていた。


打ち合わせが終わり、
「じゃあまた来るから。」と私は病室を出て仕事場へと戻った。


工場に戻ると同時に私の携帯電話が鳴った。

それはおふくろからだった。

「容態が急変したからすぐに病院へ来るように」と言われ、
私はすぐに高速道路を走り病院へ向かった。


病院へ駆けつけ兄の病室へ着くともうそこには兄とおふくろの姿は無かった。

そこへ看護士さんが来てくれて
「院長先生からお話しがあります。」と言われ、
そのまま院長室へと案内された。


そこで私は兄の死を知らされた。

私は張り詰めていた糸が音を立てて切れたような思いがした。


大好きな兄を失った失望感と挫折感と何だか分からないものが
入り混じって頭の中は混乱していた。

兄の時も最期を看取ったのはおふくろだった。


おふくろにしてみれば最愛の夫と長男をともに がん で
失った事の悲しみは計り知れない。

私も父と兄の死は大きな悲しみと共に忘れる事は出来ない・・・。









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⇒213:自分で自分をねぎらう気持ち



私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。
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