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末期がん(肝臓がん)闘病記 220
220:1年8ヶ月ぶりに風呂を堪能する
~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~
やっとの事で1年8ヶ月ぶりに風呂に入れる事になったが
いざ入るとなると少し不安があった。
健康な方なら「お風呂に入れるよ。」と言われれば
何も思わずに「うん。」と言うのが当たり前の事だろう。
しかし私の場合は胆汁を抜いていたチューブの穴が気になって仕方が無かった。
主治医に大丈夫と言われたものの本当に入って大丈夫なのか迷った。
嬉しい反面、とても不安を感じていた。
不安のまま風呂に入ろうと服を脱いだ。
傷跡を見るとまだ何となく痛々しく思えた。
私は恐る恐る風呂場に入り身体を洗ってみた。
『穴が開いていたところはテープを貼ったほうが良いのではないか?』
『風呂のお湯が身体の中に入ってしまわないだろうか?』
次から次へといろいろな不安が襲ってきた。
心の中は葛藤していた。
でも入りたい一心と主治医が大丈夫と言った言葉を信じ、
身体を洗ってから勇気を出して風呂の中へ入った。
夢にまで見た風呂は率直な感想として不安が大きかったためか
何かぎこちなくゆったりとした安堵感など全く無かった。
しばらく入っているうちに顔から汗が噴き出してきた。
でもそれは1年8ヶ月ぶりの身体の悪いものが出て行くようにも思えた。
その後私は病気だった事を忘れさせるかのように身体を洗った。
ふとチューブが取れたところを見るとやはり気になった。
私はその周りをそっと軽くなでるように恐る恐る洗った。
背中は妻に洗ってもらった。
妻が
「病気の時は骨と皮だけの身体だったけどもう今はその面影も無いね。
元気だった頃より太ったんじゃないの?」なんて言いながら背中を流してくれた。
私は
「あの時はガリガリに痩せた自分の姿を鏡で見た時は本当にビックリしたよ。
やっぱり がん と言う病気は身体の栄養を奪って
成長し続けて行くものだから
どんなに痩せ衰えても容赦なく成長を続ける本当に怖い病気だよね。
でも何とか助かって本当に良かったよ。」と言った。
妻も「本当に良く助かったね。」と笑いながら話していた。
こうして私は不安ながらも1年8ヶ月ぶりの風呂を堪能する事が出来た。
風呂から出て着替えを済ませバスタオルで頭を拭いた。
この時、本当に生き返ったと言う気持ちがした。
今までの がん の重圧と身体の汚れを洗い流してスッカリきれいになり
久しぶりにホッとしたひと時だった。
生きているという実感が込み上げてきた瞬間でもあった。
しかし私のすがすがしい気持ちとはうらはらに妻はこの後、
風呂の湯を一旦抜き、しかも風呂場の掃除までしてから
再度湯を溜め直し、風呂に入っていた(笑)。。。
私って一体・・・(爆)。
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