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末期がん(肝臓がん)闘病記 222
222:元気な身体で2006年元旦を迎える
~この闘病記の内容は2006年(平成18年)1月頃の出来事です。~
2006年(平成18年)元旦
肝臓がん末期の告知から2回目の正月を迎える事が出来た。
病院での生活が身についてしまったのか、いつも朝早く目が覚めていた。
そして元旦早々もいつものように朝早く目が覚めてしまった。
今日はニューイヤー駅伝を見に行く事になっていた。
私は妻が起きてくる頃には朝食も着替えも済ませ、テレビを見ていた。
妻に「お父さんは本当に早いねぇ。」と言われた。
それからしばらくすると孫も起きて来た。
テレビの画面では各実業団のランナーがスタートをして走り始めていた。
もちろん孫達もニューイヤー駅伝を見に行く事になっていた。
朝起きてからの孫達の行動を見ていると
娘の話す事に素直にうなずき返事をする言葉やしぐさがたまらなく可愛くて
私は朝からメロメロになっていた。。。
これは『親バカ』では無く『ジジバカ』とでも言うのだろうか(笑)。。。
支度が出来たので私はおふくろと妻、そして孫を乗せて
いつものベストポジションへと車を走らせた。
沿道には既に大勢の人が詰めかけていた。
私は係りの人を見つけニューイヤー駅伝の旗をもらい孫に渡した。
孫は嬉しそうに旗を振りしきりに遊んでいた。
↑これがその時もらったニューイヤー駅伝2006の旗です。
空には中継用のヘリコプターが飛んでいて段々近くに来ていた。
沿道には白バイに先導されトップランナーが見えてきた。
↑今年もニューイヤー駅伝を見に行ってきました。
詳しくは【私の徒然日記】にて。
その途端、一斉に歓声が大きくなった。
次から次へとランナーが目の前をかけ抜けて行った。
孫達も私達と一緒に一生懸命に旗を振り、声援を送っていた。
ランナーが一通り走り去った後、孫達が私に走るマネを見せ、
「お兄ちゃん達ね、こうやって行っちゃった。 早いねぇ。」としきりに話し嬉しそうだった。
あっという間のニューイヤー駅伝観戦だった。
私達家族にとってこのニューイヤー駅伝を
沿道で見ながら大きな声援を送る事がいつもの1年の始まりだった。
私自身、今こうして元気になり家族に囲まれて生活を送ることが
何よりも嬉しく思った。
孫達の成長を1日でも長く見守って生きたい。
そしてこれから先、健康のありがたさを日々想いながら生きていこうと。。。
1年の始まりのこの日に私は心の中で誓い家に戻った。
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⇒223:3ヶ月ぶりの病院| 私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。 同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。 私の経験してきた闘病生活などのご質問やご感想等、何でも投げかけて下さい。 メールを頂ければ可能な限りご回答致します。 ◆メールはこちらです。◆ |
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