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末期がん(肝臓がん)闘病記 223
223:3ヶ月ぶりの病院
~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~
正月もあっという間に過ぎ、
私は工場内の道具等をコツコツと片付ける毎日だった。
そして2006年(平成18年)2月の中旬になった。
私の身体から胆汁のチューブが抜けてから約3ヶ月が経っていた。
主治医と約束した初めての血液検査の時期が近づいていた。
私は病院へ行き、診察を受ける事にした。
私にとって3ヶ月ぶりの病院だった。
ここに来ると 末期がん(肝臓がん)での闘病生活の事をどうしても思い出してしまう。
病院内は相変わらず患者さん達でどの科もいっぱいだった。
私が診察を受ける外科も座るところが無いほど患者さんで混雑していた。
受付を済ませ、診察室から少し離れた椅子に腰かけて待つことにした。
ここからは待合室全体が見渡せる。
どの方も不安な表情で順番を待っていた。
診察が終わり診察室から出てくる方の表情も暗い。
私も闘病中は多くの患者さん達を見てきた。
病気に対する戸惑いと不安は計り知れないと思った。
病院に来てから2時間近くになりようやく私の診察の順番が来た。
診察室に入ると主治医は入退院を繰り返していた当時とは全く違う私を見て
「笹野さん、お久しぶりです。まるで別人のようですね。お元気そうですね。」と言った。
お世話になった看護士さんも笑いながら
「本当にお元気そうですね。」と私を見ていた。
医師と患者にしてみればこういう光景が一番望ましいと思うが
現実は・・・、そんなキレイ事では済まない。。。
主治医は
「今日は採血をして血液検査の結果が出るのは1週間後になります。」と言った。
私の場合は検査の中で【AFP】と言う 肝臓がん の腫瘍マーカーの数値が
正常範囲内であればCT検査でほぼ消えかかっていた腫瘍が
消滅(?)しているかも知れなかった。
その後主治医の指示で診察するためベッドに横になった。
チューブの抜けた跡の診察は大丈夫だった。
次に主治医はお腹を軽く押しながら
「がん は良くなっても肝硬変は治らないのであまり無理をしないように。」と言った。
私はその時、
『命を奪ってしまう がん が治りさえすれば今はそれだけで良い・・・。』と思った。
とにかく1週間後には血液検査の結果を見て主治医が判断してくれる。
あとは良い結果が出る事を祈るだけだと思った。
しばらくぶりに病院へ行き診察を受け、
主治医や看護士さんに会えた事で何となく懐かしさを感じていた。
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⇒224:2年ぶりに『仕事』を受ける| 私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。 同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。 私の経験してきた闘病生活などのご質問やご感想等、何でも投げかけて下さい。 メールを頂ければ可能な限りご回答致します。 ◆メールはこちらです。◆ |
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