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末期がん(肝臓がん)闘病記 227

227:血液検査の結果は・・・

~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~



病院の待合室のところから少し離れた椅子に腰掛け
いろいろな方たちを見ている中、やっと私の順番が来た。


診察室に入ると主治医の机の上にあるパソコンの画面に
私の血液検査の結果が写し出されていた。

主治医は検査結果を見て
「腫瘍マーカーの数値は1.5です。
肝臓がんの方は血液検査の数値を見る限り心配無さそうですね。」

と言いながらも首をかしげる仕草をした。

そして主治医は
「前のデータを見ると笹野さんの腫瘍マーカーの数値は
非常に高かったですからね。」

と言いながら過去のデータを見せると同時にデータをプリントしてくれた。


末期がん(肝臓がん)闘病記:腫瘍マーカー

↑これがその時頂いたデータです。クリックすると大きくなります。


2年前、黄疸がひどくなり近所のかかりつけの先生に紹介状を書いてもらい
初めてこの病院で調べてもらった時の
腫瘍マーカーの数値は【6,180】と高かった。

私は「先生、腫瘍マーカーの基準値はどの位ですか?」と聞いてみた。

主治医は「基準値は10以下ですよ。」と答えた。


私は初めて聞く言葉だった。

私の腫瘍マーカーの数値は私も妻もどの主治医からも聞いた事は無かった。

今までは肝機能の数値を頼りに私達なりに判断して来た事だった。

この、基準値【10以下】に対して【6,180】と言う最初の数値を見ると
私の病状が悪く余命宣告を受けてしまうのも当然だったのか?


この時主治医に聞いて初めて知った事だった。


そして主治医はまた、
「笹野さんのような方の例は医学界においても例が無いと思いますよ。」
と不思議そうに言った。


私はその時、長かった闘病生活が頭をよぎった。

そして私は主治医に
「先生、1年半と言う長い間、
本当にいろいろとお世話になりありがとうございました。」と心からお礼を言った。

主治医も嬉しそうに微笑んでくれていた。









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⇒228:主治医の【本音】を聞く



私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
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