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末期がん(肝臓がん)闘病記 230
230:ふと2年ぶりにセリ採りへ
~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~
長かった闘病生活だがあの日からもうすぐ2年が経とうとしていた。
私はふと、2年前のセリ採りの事を思い出した。
あの日は末期がん(肝臓がん)での余命3ヶ月の宣告を妻が受け、
何とか私を助ける方法は無いものかと家族で考え相談した結果、
肝臓移植と言う結論に達した。
妻は当時の主治医に自ら肝臓の提供者になる事を申し出た。
そして3月30日、肝臓移植を受けるためその当時入院していた病院を退院した。
その10日後、大学病院へ入院する事が決まっていたからだ。
私は『生きている最後の思い出に』とセリ採りをしようと妻に話した。
そして友人の伊藤さんを誘って3人でセリ採りに行った。
私は何故かもう1度、セリ採りをしたあの場所へ行ってみようと思った。
病院から家に帰ると「子供達も喜んでいたよ。」と妻が笑いながら話しをした。
私は
「今日は天気が良いからセリ採りにでも行かないか?」と妻に話しかけた。
妻も「行きたいね。」と言うので早速用意をしてセリ採りに出かけることにした。
車を走らせ目的の場所へと向かった。
いつもの道、いつもの景色だが何故か私にはいつもと違うように見えた。
途中、見晴らしの良い所が1ヶ所あった。
前方には雪をかぶった浅間山が見えた。
左にはみかぼ山、そして右には赤城山、雄大な山並が見えていた。
妻は「うゎ~!今日は本当に良く見えるね。」とあっちを見たりこっちを見たりしていた。
私も「こんなに良く見えるのは珍しいな。」と言いながら
いつも生きる希望を与えてくれた浅間山とみかぼ山に
【私は がん に勝つ事が出来た】と心の中で伝えていた。
ほんの一瞬だったが私達の目にはずっと焼きついていた。
目的の場所へ向かう所々も懐かしかった。
「ここはタラの芽を良く採りに来たな。」とか
「あそこはナラタケやムラサキシメジのキノコが採れた。」などと
妻と話しながら車を走らせているとセリを採る場所が見えてきた。
とても懐かしい光景だった。
ここへはもう、2度と生きて来る事は無いだろうと
あの時は思っていたが今こうして元気になってまた妻と共に
来られた事が私はたまらなく嬉しかった。
妻も同じ気持ちだったと思う・・・。
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⇒231:セリを採る妻を見ながら思い出す~身体の異変、そして肝臓がんの告知~
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