TOPページ > 末期がん(肝臓がん) …【SiteMap】 > 末期がん(肝臓がん)闘病記 最終章
末期がん(肝臓がん)闘病記 最終章
末期がん(肝臓がん)闘病記 最終章
~命【いのち】の重み~
私は今とても気に入っている曲があります。
小田和正さんの《たしかなこと》と言う曲です。
テレビのCMでも良く流れていますからご存知の方も多いと思います。
私は今までこれ程までに、
心にしみて来る曲と出逢った事が余り無かったように思います。
肝臓がん 末期と言う病を患い、家族に支えられながら
長い闘病生活を送って来たので尚更そう感じるのかも知れません。
毎日、テレビや新聞等で家族内や人間関係での惨劇が繰り返され、
それに人々が麻痺している現実を見て
いつからこんな世の中になってしまったのだろうと思う事が良くあります。
また、日本では自ら命を絶つ方も年々増えているそうです。
いつか新聞のコラムか何かに書いてあったように記憶してますが
戦争をしている国でさえ、
こんなに多くの人間が亡くなってはいないと言う事が記してありました。
私は末期がん(肝臓がん)で がん 病棟にいた時、
死にたくない一心で病と闘っていました。
←これは私が末期がん(肝臓がん)で闘病中に
娘が携帯で撮ってくれた唯一の写真です。
闘病中の私の写真はこの1枚のみですが、
笑顔を振りまきながらも必死に『生きている』のが
お分かり頂けると思います。
小さいけれどもこの広い日本と言う国の様々な所で
小さな子供からお年寄りまで一生懸命に病と闘っていると言う現実があります。
もし病気になってしまったらベッドの上で患者は何もする事が出来ません。
いろいろな方の支えが無ければ生きては行けないのです。
私はその事を身を持って経験し、
人間はひとりでは生きて行けない事を思い知らされました。
↑私を支えてくれた妻、そして生きる希望になった孫達です。
私の気持ちが通じてか、このブログを読んで頂いた方々から
時々ご感想等のメールを頂く事があります。
そのメールを拝見していると患者を支える家族の必死な思いが切々と伝わってきます。
このブログを見ている方で、たったひとりでも
『自分は無意味に生きている』と思っている方がいらっしゃったら
それは大きな間違いだと私は断言できます。。
無意味な人生なんて1つも無いからです。
もし人生に立ち止まってしまった時、もう1度、命【いのち】の重みを感じて下さい。
そして生きたくても生きられない≪命≫がある事を思い出してください。
最後に小田和正さんの《たしかなこと》を聴いて見て下さい。
(You Tubeより)
↑画面中央の三角マークをダブルクリック、
もしくは左下の三角マークをクリックして下さい、曲が流れます。
そして歌詞を噛みしめてみて下さい。
(Yahoo! Musicより)
末期がん(肝臓がん)闘病記
笹野 富美夫
| 私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。 同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。 私の経験してきた闘病生活などのご質問やご感想等、何でも投げかけて下さい。 メールを頂ければ可能な限りご回答致します。 ◆メールはこちらです。◆ |
|---|
コメント
こんにちは。
実は、私の友達の40歳の男性が、肝臓がんになってしまいました。
私に何が出来るだろう。
そう考えていた時、あなたのこのブログを拝見させていただきました。
とても心に残りました。
これから、その男性を精一杯支えていこうと思いました。
ありがとうございました。
明るい未来を信じます。
香|2008年06月14日 08:06
関連する内容
末期がん(肝臓がん)闘病記 最終章
末期がん(肝臓がん)闘病記 最終章 ~命【いのち】の重み~ 私は今とても気に入っている曲があります。 小田和正
末期がん(肝臓がん)闘病記 235
235:セリを採る妻を見ながら思い出す ~がん を克服し人生の再出発を誓う~ ~この闘病記の内容は2006年(平
末期がん(肝臓がん)闘病記 234
234:セリを採る妻を見ながら思い出す ~そして健康食品に全てを賭ける~ ~この闘病記の内容は2006年(平成1
末期がん(肝臓がん)闘病記 233
233:セリを採る妻を見ながら思い出す ~生体肝移植を考えた妻・・・~ ~この闘病記の内容は2006年(平成18
末期がん(肝臓がん)闘病記 232
232:セリを採る妻を見ながら思い出す ~肝臓がん告知と心の葛藤~ ~この闘病記の内容は2006年(平成18年)
末期がん(肝臓がん)闘病記 231
231:セリを採る妻を見ながら思い出す ~身体の異変、そして肝臓がんの告知~ ~この闘病記の内容は2006年(平
末期がん(肝臓がん)闘病記 230
230:ふと2年ぶりにセリ採りへ ~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~ 長かった闘病生活だ
