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末期がん(肝臓がん)闘病記 26

25:命の恩人となった健康食品に出逢う 3

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



その後もお店の方の話しが進んだ。。。


そして、アガリクスの方の健康食品は、アガリクス・ブラゼイ・ムリルの菌糸体を使った
液体の製品だという事が分かった。

なんでも、その製造方法は特許を取っているとの説明だった。


ちなみに今まで飲んでいた健康食品は、
キノコの菌糸体を培養して抽出した製品でカプセルだった。


両方とも、菌糸体と言うのは共通していたが個体と液体と言う点が違っていた。



私はこれが最後の頼みの綱だと思い、その場でそれらを購入し、家に戻る事にした。

伊藤さんにもお礼を言い、店の前で別れた。


家に戻る車の中で私は
「コレを飲んで良くなるといいな。」 と妻に言うと
「ホントにね。肝臓がんをやっつけてくれれば良いね。。。」と言っていた。


そして妻はしきりに私の身体を気遣い、心配してくれた。


私の身体は、肝臓がんの症状がかなり進行しているせいか、
疲れもピークに達していた。


でも私は、1分でも早く家に戻って、
この2種類の健康食品を早く飲みたかった。


がんの進行は1分たりとも待ってはくれない。。。
それに少しでも早くブレーキをかけたかったからだ。


看護師の職歴がある妻も同じ思いだったに違いない。



家を出てから4時間近く経って、夜の10時頃やっと家に着いた。


お店の方の話しの中で、妻がメモを書き留めておいたのを
二人で確認をしてからまずは一口飲んでみた。



「どう?飲めそう??」

「大丈夫そうだな。。。」


私は一気にその日の分量を飲み終えた。



また、それとは別に私の中でとても不便さを感じていた事が1つあった。

それは、夜中の胆汁の処置だった。

私は肝臓がん(末期がん)で体力が弱っていたため、
寝れるものならば1分でも多く寝なければならない身だった。

そこへ来て、胆汁は寝る前に容器を空にしても
500㏄の容器は翌朝3~4時には満タンになってしまうので
胆汁を捨てるためだけに1度起きなければならなかった。

入院中はそれを看護師さんがしてくれたので良かったが、
家では自分でしなければならない。。。

しかし、その当時、余命3ヶ月の宣告まで受けていた私の肝臓がん(末期がん)は
相当進行していて、起きるだけでも辛かったし、また、 少しでも体力を回復するために寝なければと言うジレンマにも遭っていた。


私は申し訳ない気持ちで一杯だったが、その、胆汁を捨てる作業を
妻に頼む事にした。

妻は快く引き受けてくれた。

私は心の底から妻に感謝の気持ちで一杯だった事を覚えている。



その日、私は妻が用意してくれたベッドに初めて横になり、
2種類の健康食品を飲み終えて、
『どうか肝臓がんが治りますように。。。』 と、
心の中で祈りながら眠りに付いた。









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⇒27:その頃の私







私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
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