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末期がん(肝臓がん)闘病記 31

31:肝臓移植をやめる決断をした理由

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



私が肝臓移植をやめようと決断した理由・・・、
前回でも少し触れましたが、ココはもうちょっと詳しくお話ししようと思います。


肝臓移植の費用は約2,500万円と、私を含め、一般の人にはケタはずれの金額です。

(保険が適用されるという事であれば考え方も変わっていたかも知れませんが、
私は保険の規定に引っかかるためその時点では保険の適用は無理でした。

⇒詳しくはこちら



私の肝臓移植に対する否定的な考え方と言うのは・・・、


仮に私が肝臓移植の手術を受けるという事で大学病院へ入院したとします。

 ↓

検査の後、私の肝臓がんの腫瘍を出来るだけ保険の適用が効く5cm以内に
小さくするために、私の腹に埋め込まれたリザーバーから抗がん剤の投与が始まります。

 ↓

私の身体は抗がん剤に対し、どの位の副作用があるか分かりませんが
それなりの副作用は少なからずあると思います。

 ↓

その後、CT検査を受け、肝臓がんの腫瘍の変化に対し、
必ずしも良い結果が出るとは思えません。

 ↓

そうなると肝臓がんの腫瘍を5cm以内にするために
更に強い抗がん剤を使う事になると思います。



この時点できっと私の身体は悲鳴をあげ、ギブアップとなると思いました。




それでも先生達は私に肝臓移植の手術を行う事でしょう。。。

それは・・・、やりたいから。。。

私が生きるか死ぬかはあまり関係ないのではないでしょうか。

やはり、やりたいからです。




そして、もし仮に私が肝臓移植の手術を受けるとします。


私と妻は別々の手術室に入り、まず最初に妻の身体にメスが入り、
そしてその後、正常な肝臓の一部が切り取られます。


そして、妻の切除された肝臓が私に移植される事になります。



手術中、あるいは手術後に私の身体にもしもの事が起きたら
私を生かすために自ら肝臓の提供者になってくれた妻の【肝臓】も【思い】も
無駄になってしまった時、しばらくの間、集中治療室で寝たきりになる妻は
どんな思いをするだろうか。。。


私の葬儀の問題だってある。。。




いろいろな事を考えると、私はやはり肝臓移植を受ける事は出来ませんでした。

末期がんは生きるか死ぬかのどちらかです。


こんな考えと、自分の【直感】から、
私は今も飲んでいる2種類の健康食品に私の命を賭ける事に決めた訳です。









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⇒32:肝臓移植を断る







私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。
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