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末期がん(肝臓がん)闘病記 32

32:肝臓移植を断る

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



4月9日

その日は肝臓移植の手術に向け、大学病院から入院の案内の電話が来る日だった。


2種類の健康食品を飲み始めてから私の身体の状態は良くも悪くも無い状態だった。

良くも悪くも無いという事は逆に考えればがんの進行が止まり、
がんにブレーキがかかったともとれる。


私はそこに賭けていた。



この時既に私の意思はもう決まっていた。


台所で食事の支度をしていた妻に声をかけた。

「今日は大学病院から電話がかかってくる日だな。
電話がかかってきたらオレ、肝臓移植を断ろうと思ってるんだけど。。。」


それを聞いた妻はビックリして慌てて私のところへ来た。


「何を言ってるの?!
もう入院やその他の手続きも済ませてあるのに今更断れる訳無いよ。。。」




・・・とその時、いきなり電話が鳴った。


思わず私と妻の会話が止まる。。。

お互い息を飲み、顔を見合わせた。。。



その時私の頭の中では肝臓移植を『止める』か『受ける』か・・・、
2つに1つ、目まぐるしく駆け巡っていたと思う。


でも受話器をとった瞬間に、
肝臓移植を断ると言う気持ちが心の中で固まった。




受けた電話はやはり大学病院からだった。

入院の案内だった。


電話をくれた方が、入院へ向けての話しをしている最中、私は話しをとぎるように
「あの・・・、肝臓移植は止めようと思ってます。」 と言う言葉を発した。


電話をかけて来た方は病院の事務の方らしかった。


「そんな大事な事、私に言われても困ります。」 と困惑した様子で答えてきた。


「1度、大学病院に来て頂いて、直接先生とお話しをしてもらえませんか?」と言われたので
私は、「はい。分かりました。」 と答えた。


「ただ、先生は今週は病院にお見えになりません。
1週間後が先生の診察日になりますので、その日に来て頂けますか。」 と言う話しに、
私は、「分かりました。1週間後に伺います。」と答えた。


また、その方は、
「お身体のほうは大丈夫ですか? 大学病院まで来られますか?」と心配してくれたので、
私は、「ありがとうございます。大丈夫ですよ。その日に必ず行きますから。」
と言い、電話を切った。









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⇒33:肝臓移植を断る 2







私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
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