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末期がん(肝臓がん)闘病記 37

37:末期がん 肝臓がんに負けたくない

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



大学病院からの帰り道、妻と伊藤さんの事やその他いろいろな話しをしながらやっと家に着いた。


私はおふくろに、
「今日、大学病院へ行ってキチンと肝臓移植断ってきたよ。」 と話した。


おふくろは、私の話しにうなずきながらも少し、複雑そうな様子だった。



妻も肝臓移植を断ってきた事を、子供達に連絡していた。

子供達との話しの中で、少しだけだが笑顔が見えるようになった。




私と妻で大学病院へ行き、肝臓移植を断った事で、
次の日、娘が孫を連れてやって来た。


娘も少し元気になった私の姿を見て、ホッとしたようだった。



孫は、
「じいちゃん大丈夫?」 と声をかけてくれた。

私は、
「うん、じいちゃんは大丈夫だよ。
じいちゃんはもう少しで元気になるから、そしたらまたどこかに遊びに行こうね!」
と話すと嬉しそうに笑っていた。




そんな孫の姿を見ていると
心の底から死にたくない!
このまま生き続けて孫の成長をもっと見守ってあげていたい!

と思った。


私の孫です。

私の孫です。今ではこんなに大きくなりましたが、当時はまだまだ幼い幼児でした。
しかし、幼いながらもいつも私に元気とパワーをくれていました。



そう思うと、末期がん 肝臓がんには負けないぞと言う気持ちが強くなった。




自分自身を勇気付けてくれる遊び盛りの孫は、
家の中で遊んでいても、退屈そうに見えた。


私は孫に
「じいちゃんと一緒に遊園地に遊びに行こうか。」 と声をかけた。


それを聞いた孫の顔は、本当に嬉しそうだった。


私がそう言った事で、妻も娘も口を揃えて、
「大丈夫なのぉ? 無理をしない方が良いよ。」 と言った。


私は
「少し位歩くのなら大丈夫だよ。」 と言って
私の運転でみんなで遊園地に出かける事になった。









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⇒38:久々の『休日』







私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。
私の経験してきた闘病生活などのご質問やご感想等、何でも投げかけて下さい。
メールを頂ければ可能な限りご回答致します。

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