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末期がん(肝臓がん)闘病記 4
4:病院への不満、そして入院
~この闘病記の内容は2004年(平成16年)1~3月頃の出来事です。~
肝機能検査を終え、私は自宅へ戻った。
妻が、 「肝機能検査の結果・・・、どうだった?」 と聞いてきたので、
私は 「エコーの検査をするからって。2週間くらいあとに予約を取って来たよ。」と答えた
妻はエコー検査くらいすぐに出来ると思っていたらしく、
「エッ? 2週間もかかるの???」 と、ビックリしていた。
今思えば看護士歴のある妻は、どうしてそんなに先になるのか不思議がっていた。
私は、何が何だか分からなかったので、とにかく2週間後の検査を待つしか無かった
それでも、日増しに肝臓は悪化して行ったようで、
黄疸の症状は更に顕著になり、日増しに顔が黄色くなっていくのが
自分でもハッキリ分かるようになっていた。
身体のダルさもきつくなっていくばかりだった。
2週間後、病院へ行ってエコーの検査を受けた。
結果が良く分からないため、内科の先生に紹介状を書いてもらい
同じ病院の外科で診察を受ける事になった。
何ともおかしな話だ。
同じ病院の中で内科から紹介状を書いてもらい、
同じフロアの外科での診察を受けるというのだ・・・。やっかいな事だ。。。
ここでも内科から外科に移るまで約1ヶ月もの時間が経っていた。
何故、最初から外科で診察出来なかったのだろうか?
正直、不満に思えた。
この時はまだ、私の病気が末期がん(肝臓がん)とは判明していなかったが、
自分でも日々、症状が悪化しているのがハッキリと分かる患者を
病院は1ヶ月も放置しておいて良いものなのだろうか。。。
そして1ヵ月後、私は外科に移り診察を受ける事になった。
外科の主治医から 「入院する日を決めましょう。」 と言われた。
『入院か。。。』 私は生まれて初めての経験だった。
身体の不安や仕事の心配もあったが、それも仕方無いと思い、
2004年(平成16年)3月3日に私は入院する事になった。
入院する数日前にCTの検査を受け、
その結果は3月3日の入院日に説明を受ける事になった。
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⇒5:黄疸の苦しみ| 私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。 同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。 私の経験してきた闘病生活などのご質問やご感想等、何でも投げかけて下さい。 メールを頂ければ可能な限りご回答致します。 ◆メールはこちらです。◆ |
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