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末期がん(肝臓がん)闘病記 42

42:病院へ相談に行く』

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~



4月26日

私は前から気になっていた胆管を広げる手術が可能か否か、相談するため病院へ行った。

受付を済ませ、私の診察の順番が来るのを待っていた。



大学病院で肝臓移植を受けるのを断ってからの最初の診察だったため、
大学病院の先生にお願いをしておいた、カルテ等がこの病院に戻って来ているかどうかなど、
診察を待っている間にいろいろ考えていると何か気まずい思いもあった。


でも、どんな形にしろ今はなりふりなんてかまってはいられない。。。

とにかくまずは、私の命さえ助かれば何を言われてもかまわないと思っていた。。。



そんな事を考えていると、診察の順番がまわってきた。


私は診察室に入り、先生に挨拶をした。


そして、今日までのいきさつを先生に話した。


『私は大学病院で肝臓移植の手術を受けるためにこの病院を一時、退院したが
その後、友人から紹介された健康食品を飲んだところ、身体の調子が良くなってきたので、
このままその健康食品を飲み続けて様子をみたいと言い、肝臓移植の手術を受けるのを断った。
その後も私の体調は私なりに良い方向へ向かっていると思う。』
 と言ういきさつだ。



先生はうなずきながら私の話しを一通り聞いていた。


私はそこで先生に例の相談を投げかけてみた。


「先生、そこで1つご相談があるのですが、
胆管を広げる手術と言うのは可能なのですか?」


「胆管を広げる手術は可能ですよ。」


「もし、私の今の身体で、胆管を広げられるのでしたら、是非、お願いしたいのですが。。。」


「笹野さんの今の身体で胆管を広げる手術が可能かどうかは、
検査をしてみなければ、今は何とも言えません。
では、一旦入院してもらって検査をしてみますか。入院はいつ頃が良いですか?」


私はその手術が出来るならば1日でも早いほうが良いと思い、
「私はいつでも良いです。」 と答えた。



先生は、その場でパソコンで調べたり入院病棟に連絡をしてくれた。


その結果、
「笹野さん、2日後の入院でいかがですか?」 と言われたので、

私は、「それでお願いします。」 と答えた。



私はその日のうちに病院での入院の手続きを済ませて、家に帰った。


家に着くと早速その事を妻に話した。



妻はあまり気が進まない様子だったが
「とにかく胆管が無事に広げられると良いね。」 と言って、早速入院の準備をしてくれた。









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⇒43:バルーン手術のため入院







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