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末期がん(肝臓がん)闘病記 6

6:肝臓がんの宣告を受ける

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



2004年(平成16年)3月3日、
やっと入院する事が出来た。私にとって生まれて初めての入院だ。

入院の当日まで仕事に追われてしまい、本当に慌しかった。

入院をしてホッとしたのもつかの間、
今度はCT検査の結果が気にかかっていた。

私も妻も『がんで無ければ良いが・・・。』
その気持ちは一緒だった。。。


⇒その時の入院診療計画書です。

黄疸のせいで私の身体は本当にかゆくてかゆくて仕方が無かった。

トクホンチールやムヒなどを毎日やたらと塗りまくっていた。

口には言い表せない程のかゆみが私を襲っていた。

また、入院する数日前から下痢や腹痛も続いていた。

余談だが、病室が個室(トイレ付き)だったので本当に助かった。

かゆみとトイレで慌しかったからだ。

そんな中、その日の午後6時ごろ、先生からCT検査の結果の説明があると言う。

私はとうとう来るべき時が来たと覚悟を決めた。

胸いっぱいの不安を抱えながら指示があった通り、
私と妻は先生の待つ部屋へと向かった。

その部屋の中に入ると、先生はCT検査の説明をするため準備を始めた。

CT検査の画像を見るために電気のスイッチを入れ、
明るいところに画像をバシッとはめた。

張り詰めた空気の中で私は心の中で必死に祈っていた。

『どうか、がんでは、ありませんように。。。』 と。

そして、先生が重たい口を開いた。

「笹野さん、検査の結果ですが・・・、肝臓がんです。」

その瞬間、私の頭に【死】と言う事がすぐに浮かんだ。

『私は死んでしまうのだろうか。。。』

『がん=死 ではないか!』

今どう考えても表現の仕方が思いつかない。

そして、私自身の時がそこで止まった。。。

この感情は、がんを告知された本人以外、理解出来ないと思う。









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⇒7:肝臓がんの宣告を受ける その2



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