TOPページ > 末期がん(肝臓がん) …【SiteMap】 > 末期がん(肝臓がん)闘病記 48

末期がん(肝臓がん)闘病記 48

48:造影剤の副作用に突然襲われる

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



先生の間違えに加え、最悪の検査結果に相当のショックを受けていた私は、
診察台から降り、手術着からパジャマに着替えた。


そんな私を見ていた看護士さんは、
「車いすを持ってきましょうか?」 と声をかけてくれた。


私は、
「大丈夫です。歩いて病室に戻れるから。」
と言って、検査室の外で待つ妻のところに行った。


妻に会えた私は、
「ダメだった。
胆管はまだ詰ったままで、広げる手術は無理だった。」


妻もやはり気落ちした様子ではあったが私に気を使ってか、
「そう、残念だったね。とりあえず病室に戻る?」と、
言ってくれた。


「あっ、でもその前に気分転換にタバコでも吸ってから戻るよ。」と言うと

「今はやめた方が良いよ。後で吸いに行けば。」と言われ、
私もそう思い、病室に戻る事にした。


ただ、何だかんだ言ってもやはり、期待をしていただけに
私達夫婦の落胆もかなりのものだった。。。




病室に戻った直後、私の身体が寒気と共に突然震えだした。。。


あまりの突然の変化に、妻もビックリして「お父さん、どうしたの?」と聞くが、
私はあまりの寒気と震えに答えることも出来なかった。


妻はとりあえずベッドの上にある毛布を全てかけてくれたが
私の震えは激しくなる一方だったので慌ててナースコールを押し、看護士さんを呼んだ。



私は異常な寒さと震えの中で、看護士さんに、
「もっと毛布をかけて下さい。電気毛布があればお願いします。」とお願いした。


看護士さんはすぐに対応してくれ、私がお願いした通り、
毛布を何枚も重ね、その上に電気毛布もかけてくれた。




しばらくすると、今度は気持ちが悪くなってきた。。。


私は妻に、
「気持ちが悪い・・・。吐きそうだよ。。。」と言った。


「看護士さんが持ってきてくれるまでに間に合わなかったらこれに吐いて。」
と私にビニール袋を渡したが、それと同時に吐いてしまった。



その次はこれまた激しい腹痛に襲われた。。。





一体私の身体に何が起きてしまったのだろうかととても不安になった。


そして妻も、私の身体のあまりにも急な変化に驚いていた。。。



私はそれからの事は全く覚えていない。。。









次の末期がん(肝臓がん)闘病記に進む
⇒49:造影剤の恐ろしさを実感する







私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。
私の経験してきた闘病生活などのご質問やご感想等、何でも投げかけて下さい。
メールを頂ければ可能な限りご回答致します。

◆メールはこちらです。◆




関連する内容

末期がん(肝臓がん)闘病記 最終章

末期がん(肝臓がん)闘病記 最終章     ~命【いのち】の重み~ 私は今とても気に入っている曲があります。 小田和正

末期がん(肝臓がん)闘病記 235

235:セリを採る妻を見ながら思い出す     ~がん を克服し人生の再出発を誓う~ ~この闘病記の内容は2006年(平

末期がん(肝臓がん)闘病記 234

234:セリを採る妻を見ながら思い出す     ~そして健康食品に全てを賭ける~ ~この闘病記の内容は2006年(平成1

末期がん(肝臓がん)闘病記 233

233:セリを採る妻を見ながら思い出す     ~生体肝移植を考えた妻・・・~ ~この闘病記の内容は2006年(平成18

末期がん(肝臓がん)闘病記 232

232:セリを採る妻を見ながら思い出す     ~肝臓がん告知と心の葛藤~ ~この闘病記の内容は2006年(平成18年)

末期がん(肝臓がん)闘病記 231

231:セリを採る妻を見ながら思い出す     ~身体の異変、そして肝臓がんの告知~ ~この闘病記の内容は2006年(平

末期がん(肝臓がん)闘病記 230

230:ふと2年ぶりにセリ採りへ ~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~ 長かった闘病生活だ