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末期がん(肝臓がん)闘病記 53

53:病室を移動してもらう

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



喫煙所で朝まで待っている時間はとても長く感じられた。

その中で、バルーン手術の事や娘の車の修理の事、そして、
去年みんなでみかぼ山へ行って山菜採りなどをして楽しんだ事などいろいろ思い出していた。


朝方になり、私はふと点滴の量を見ると、もうすぐ無くなりそうだったので、
交換するために病室に戻らなければと思った。


ナースセンターの前を通ると、担当の看護士さんの姿が見えたので声をかけた。


私は、恥ずかしながらも病室での出来事を伝え、
スグにでも病室を変わりたいと申し出てみた。


話しを聞いてくれた看護士さんは、
「わかりました。婦長さんが来たら話しておきます。」と言ってくれた。


私は、「あの部屋は何かおかしいですよ。」と言うと、
「エッ?! やっぱり」と言って否定はしなかった。


その後、私は嫌だったがその病室でテレビを見ていると看護士さんが来た。


「笹野さん、婦長さんに話したら4人部屋に移っても良いです、と言ってました。」との事だった。


私は早々に整理をしていつでも病室を出られる用意をした。


そして、妻に病室が変わることを連絡した。


やっとこの病室から移れる事になった。



移った部屋は4人部屋の窓側だった。


私は病室の方々に挨拶をして、自分のベッドへと落ち着いた。



窓の外を眺めると、みかぼ山が見えていた。。。


私はみかぼ山を見て、
去年の今頃は娘夫婦と孫を連れ、山菜採りに行っていた事を思い出した。


そのたった1年後、病院の窓から、しかも、末期がんになって
みかぼ山を見る事など想像もしていなかった。


ことわざか何かで、
【人の命は一寸先は暗】 とは良く言ったものだ。


そんな言葉が身にしみた。。。


まさか自分が肝臓がんになるとは・・・、
しかも末期肝臓がんだなんて。。。


まるで他人事のように思えた。









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⇒54:4人部屋には4人部屋の悩みが・・・







私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。
私の経験してきた闘病生活などのご質問やご感想等、何でも投げかけて下さい。
メールを頂ければ可能な限りご回答致します。

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