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末期がん(肝臓がん)闘病記 54

54:4人部屋には4人部屋の悩みが・・・

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



私はこうして無事に4人部屋へと移る事が出来た。


4人部屋になると人の出入りも結構多く
個室に比べてかなり賑やかな雰囲気になる。


でも当時の私にしてみたら、この賑やかさもある意味安心できた。


私はタバコを吸いに喫煙所へ向かった。

いつものようにコーヒーを飲みながら、病室が変わったことを妻に連絡した。


会話の中で、やせ細った男と老人の出来事を話したが、
あまり信じてもらえなかったようで、妻は笑っていた。。。



その後、病室に戻ると胃がんの方が、また私に話しかけてきた。


その胃がんの方は、
病院の近くで働いていた事・・・、
世間話・・・、
そして同じような昔の話しをしきりに、そして一方的に話しまくる。。。


申し訳ないが私はその胃がんの方が本当にやかましい患者さんだと感じていた。


話しを聞いているだけでスッカリ疲れてしまった。。。


私はその後はなるべくその胃がんの患者さんとは話しをしないようにした。


4人部屋は4人部屋での悩みと言うものがあるものだ。


でも、無理言って部屋を変えてもらったので我慢するしかなかった。




しかし、この部屋では私は窓際だったため、いつでも外の景色を楽しむ事が出来た。


窓の外にはみかぼ山が雄大な姿を出していた。


みかぼ山は私にとっていろいろな意味での思い出があった。


特に末期の胃がんで亡くなった兄とは良く出かけた山だった。


一緒に山へ出かけていた時は楽しんでいたが、
大好きだった兄を失った事で今では大切な思い出として私の心に残っている。


これからも先の見えない末期がん肝臓がん)との闘いになると思うが、
必ずがんに勝って向こうに見えるみかぼ山へ行こうと思った。



そしてまた、私はこうやって窓の外を眺められるだけの自由を持っている事に感謝をした。


ベッドの上での身動きだけとは精神的にも大きな差があるからだ。



バルーン手術によって胆汁のチューブが外れる事は無かったが、
自分自身の直感を信じて、肝臓移植を断って本当に良かったと感じていた。









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⇒55:嬉しい突然の退院







私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。
私の経験してきた闘病生活などのご質問やご感想等、何でも投げかけて下さい。
メールを頂ければ可能な限りご回答致します。

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