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末期がん(肝臓がん)闘病記 58
58:最悪の状態で救急車を呼ぶ
~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~
病院を退院して3日目
私は寝て起きれば良くなると思っていたが目を覚ますと悪い方に一変していた。
ベッドから起きようと自分の身体を動かそうとすると気分が悪くなり吐き気を催す・・・。
私はあまりの体調の悪さに、家の中にいる妻を、携帯電話で呼んだ程だった。
妻は、ビニール袋などを用意して持って来てくれた。
あまりにも辛そうな私の様子を見て、
「早く病院に行った方が良いんじゃないの?」と言ったが、
ベッドの上で寝たきりの状態で身体を動かす事は出来なかった。
何とか起き上がってみようと妻に手を借りて起きてみたがやはり吐いてしまった。
妻も私もただただどうしてしまったのだろうと驚きと不安ばかりだった。。。
病院に早く行かなければとは思うが、身体を動かすと吐いてしまう・・・。
その繰り返しだった。
妻ひとりで私を支えるのは大変なため、
妻は長男に連絡をして長男に来てもらうことにした。
妻と長男は話し合ってとにかく2階の自宅から降ろそうとするが
何としても私の身体が言う事を聞かない状態だ。。。
そんな事をしているうちに数時間が過ぎた。
いろいろ考えた末、私は妻に
「何とか下まで降りるから救急車を呼んでくれ」と伝えた。
救急車が来るまでに下へ降りようと、私は手を借りて起き上がった。
そして一歩二歩と歩いてはしゃがみ込む・・・、その繰り返しだった。
階段から降りる時が特に大変だった。
階段が急なため、2人に支えてもらおうとしたが、一緒に落ちてしまっては大変なので
妻が下で見守り、私は手すりにしがみついて一歩一歩ゆっくりと慎重に降りて行った。
長男は私の後ろでいつでも対応出来る状態でいてもらった。
妻は
「救急隊員の人が来たら下に運んでもらえば良いよ。」と言ったが、
私は急な階段の事を思うといくら救急隊員の方でもと言う不安があった。
私は変なところで気を使ってしまっていたのかも知れない。。。
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