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末期がん(肝臓がん)闘病記 59

59:会わせたい人がいたら今スグ呼んで下さい。。。

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



やっとの思いで階段のところまで来た。

しかしここからが大変だった。。。


長男が私を支えて降りてくれると言ったが、
もし、つまずいたりでもしたら大変な事になってしまう。


そう思い、「ひとりでゆっくり降りるから・・・」と言って降り始めた。


遠くで救急車のサイレンの音が聞こえてきた。


妻や長男が心配して見守る中、やっとの思いで下に降りる事が出来た。


私は離れのおふくろの家の縁台に腰かけ座ろうとしたが腹に力も入らず、
そのまま仰向けに倒れてしまった。


もうすでに私の身体の余力は残ってはいなかった。。。


仰向けに寝たままでいると
救急車のサイレンの音がどんどん近づいて来た。


私は心の中で、『頼むから早く来てくれ!』と言う思いだった。




救急車に乗せられ、私はつい数日前まで入院していた病院へと運ばれた。


病院へ着くと緊急治療室へと運ばれた。


先生や看護士さんが、
「イチ・ニ・サン」のかけ声で別の台へと移された。


そして、私の治療が始まった。。。



その後の事は良く覚えていない。


妻の話しでは
「お父さんの意識が薄れていくのが分かったよ。
看護士さんが脈拍と血圧を測ろうとしたけど看護士さんが脈が取れないと言っていた。
するともう1人の看護士さんに代わったけどやっぱり取れなくて
3人目の看護士さんが聴診器を腕に当てて測っていた。
すると『脈はあります。血圧は上が60です。』と言っていた。」


慌しい中、先生の治療が始まった。

しばらくすると、妻は主治医となった先生から
話しがあると言われて別室に呼ばれたそうだった。


そこで先生は
「奥さん、ご主人はもう助からないと思います。
会わせたい人がいるようでしたら今すぐに連絡をして下さい。」

と言われたそうだった。


その時妻はどんな思いで主治医の言葉を聞いていたのか・・・。


その事を考えると今でも胸が痛む。。。


妻に、そして家族に、とてつもない辛い想いをさせてしまった出来事だった。









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⇒60:目が覚めると・・・







私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。
私の経験してきた闘病生活などのご質問やご感想等、何でも投げかけて下さい。
メールを頂ければ可能な限りご回答致します。

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