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末期がん(肝臓がん)闘病記 62
62:食事の無い生活・・・
~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~
妻が帰った後、私は喫煙所に行き、ベンチに腰かけた。
この喫煙所には様々な人がいた。
車いすに乗り点滴をしている人
骨折をしている人
点滴台を押している人
脇から私のようにチューブをつけている人・・・
でも皆元気だった。ここは病院かと思える程だった。
私達に気を使っているのか、見舞いに来ている健康な人達の方がおとなしかった。
私は病室に戻った。
病室の窓からはみかぼ山が見えていた。
4階から見る景色も実に良かった。
景色を眺めていると同室の患者さんが声をかけてきた。
その方は私と同じように脇からチューブが下がっていた。
胆汁だと思うが私の胆汁の色とは違っていた。
私のはビールのような黄色だったが
その方のは、黄緑色のような何となく薄暗い感じの色だった。
同じがんでも、場所が違うとこんなにも変わってしまうのかと思えた。
話しをしているとその方の実家は何と妻の実家の近くだった。
話しをしている限りでは私より元気そうに見えた。
他の患者さんは昼間だと言うのに寝ているのか・・・、
それとも病状が重いのか・・・、カーテンが張られて様子を知る事は出来なかった。
毎日夕方6時近くになると看護士さんがお茶かお湯を注ぎにまわって来る。
病棟が違うといろいろな面で変わってくる。
前の病棟は自販機が設置されていたのでいつでも飲む事が出来た。
カーテン越しの患者さんもお茶を注いでもらっていた。
私も注いでもらう。
食事の時間、歩ける患者さん以外は看護士さんが運んであげていた。
配膳には一人一人の名札があったが私の配膳は無かった。
私は主治医から食事を止められているため、
主治医の許可が無い限り、食事を取ることは出来ない。。。
私は人の食事を指をくわえて見ている訳にもいかないので
食事の時間が終わるまで1階に行き、タバコを吸いに行く事にした。
朝食の時間になる。
また私の配膳は無かった。。。
私はまた喫煙所で時間を潰す。。。
そんな苦しくて辛い生活が何日間か続いた。。。
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⇒63:総回診察、【白い巨頭】???| 私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。 同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。 私の経験してきた闘病生活などのご質問やご感想等、何でも投げかけて下さい。 メールを頂ければ可能な限りご回答致します。 ◆メールはこちらです。◆ |
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