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末期がん(肝臓がん)闘病記 67

67:コレが【食事】???

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



病院に入院していると日も曜日も分からなくなってしまう。

入院してから1週間近く経った頃、やっと食事の許可が出た。


食べられるという事が分かると無性に腹が減った事を覚えている。



食事の許可が出た翌日、
やっとの事で待ちに待った朝食が運ばれてきた。




「エッ??? ・・・。」


私は自分の目を疑った。。。

私のお膳の上にはおかずも無く実に質素なものしか乗っていなかった。


ご飯もフタを開けてみると米がほとんど入っていない。。。

それはまるで【米汁】のようだった。


私は看護士さんに「これは何ですか?」と訊ねた。


「3分がゆです。」と聞き慣れない言葉が返ってきた。



私はおかゆに種類がある事を知らなかったのでそう聞いてビックリした。


3分がゆ ⇒ 5分がゆ ⇒ 7分がゆ ⇒ 全がゆ
と少しずつ変わっていく事を初めて知らされた。


私は胃とか腸とかが悪いわけではないのに
どうしてこんな米汁のような物を食べなくてはならないのだろう。。。


本当はご飯が食べたいのに・・・。


待ちに待った食事だったのにすっかりトーンダウンしてしまった。



3分がゆは米がほとんど入っていない米汁と言った方が分かりやすい。

そして何とも味気も無く、とにかく【まずい】の一言に尽きる。


今日1日、3食はコレを食べる、いや、飲むのかと思うとガッカリだった。



その日の午後、妻が私の好きな物を作って持ってきてくれた。

前日に食事の許可が出た直後、私は妻にお願いしておいたのだ。


しかしさすがに病室では食べられないのでいつもの1階のベンチに座り食べた。


やっと【食事】にありつけたようで、心の底から幸せを感じる事が出来た。



私は食べながら妻におかゆの話しをした。


「これじゃ体力が全然つかないよ。
さっき体重測ってみたらビックリしたよ。
42キロにまで落ち込んですっかりガリガリになっちゃったよ。。。
俺はもう、これからは主治医の言う事は聞かないつもりなんだ。
自分の命は自分で守る事にしたよ。
あの主治医は食べる事の重要性を分かっているのか
本当に不思議に思うよ。」


妻も私の言う事を理解してくれた。



私は今まで自分自身の直感を信じて生き延びられてきた。


これからも自分自身の考えで末期がん肝臓がん)と闘って行くと心に誓った。









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⇒68:自分なりに食事を考える



私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。
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