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末期がん(肝臓がん)闘病記 68

68:自分なりに食事を考える

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



次の日、3分がゆから5分がゆになっていた。


3分がゆよりは少しマシだったが私は末期がん患者に対して
本当にこんな食事で何か意味があるのか疑問に感じていた。


これでは身体に栄養を採る事が出来ない。

末期がん患者は食が細くなっていく事が多い。

食べれる時に少しでも多く食べるべきなのではないだろうか。。。


疑問を感じていただけに、
前日、妻に作ってもらった【普通の料理】を食べてみたが
私が思っていた通り、食べた翌日も身体に異常は無かった。


5分がゆを食べながら
私は1日でも早く普通の食事をしたいと思っていた。




主治医から食事の許可が出て3日目

7分がゆになり、ようやくおかゆっぽく見えてきた。


食べても噛み応えも無く、
おかずと一緒に食べてみるが何か物足りなさを感じた。


味も肝臓食のため、薄味に作られている。

他の患者さんとは違っていた。


後で分かった事だが献立表も2種類あったようだ。



私は妻に連絡をして醤油・ソース・のり缶等を持ってきてもらう事にした。


味が薄くてまずいからと言って食べないよりはマシだと判断した。

これも自分なりの判断だった。



次の日、やっと全がゆになったが
私はおかずに調味料をつけたりして食べやすいようにして食べた。


食事を食べる事の楽しさ、【食欲】を大切にしたかったからだ。

モチロン、そのせいで体調が悪くなった事はその後1度も無い。


おかゆにはのり缶をつけて食べてみた。

思っていた以上に美味しく食べる事が出来た。



そして入院生活の1日1日が過ぎていく。


胆汁の出る量も何とか一定しているように思えた。


点滴の本数も4本から3本になっていた。









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⇒69:退院の許可が出る



私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。
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