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末期がん(肝臓がん)闘病記 73

73:突然の体調不良

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



次の日、朝から体調があまり良くなかった。

朝食を済ませ、ソファに座り休んでいたが良くならなかった。

身体がだるくて気持ち悪い状態だった。


前回、救急車で運ばれ入院した脱水症状の時の事が頭をよぎった。

水分は多めに採るよう、気をつけてはいたが、やはり胆汁の出る量が多かった。


そんな状態で昼食の時間になった。

私は「気分が悪いから後でいいよ。」と妻に伝えた。


妻は脱水症状の時を思い、
「みそ汁だけでも飲んだほうが良いよ。」と言ってくれた。


私もそう思ったので何とかみそ汁だけでも飲む事にした。


その後も脱水症状の対策として、果物などさっぱりした比較的食べやすいものを
採る事で出来るだけ水分を採るようにした。



そして翌日、2004年(平成16年)5月31日、
5月も今日1日で終わろうとしていた。


私の体調は昨日よりも悪かった。。。


朝食はみそ汁を飲むのがやっとだった。


私はベッドで横になっていた。


脱水症状だけには気をつけようと、
水筒に氷水を入れてもらい枕元に置いていつでも飲めるようにした。




ベッドで横になってどれ位の時間が過ぎた頃だろうか・・・、
私の足が急につってしまい動かせなくなってしまった。


私は枕元に置いておいた携帯電話で妻を呼んだ。


万一、私の声が出なくなったり、
また声が出せない程の痛みや苦しさに襲われた時、
一刻も早く妻に知らせる事が出来る手段として、
携帯電話の着信音を鳴らすことを
私と妻の間で決めていたのだ。


妻がビックリして私の寝ている部屋に飛んで来た。



「足がつって動けないよ。。。」
妻に話すと妻は足をほぐすようにマッサージをしてくれた。


しばらくするとやっと足のつれていたのが治った。


しかし、また数分で足がつってしまう。


マッサージを繰り返しているうち、今度は吐き気にも襲われた。


私は耐え切れなくなり、吐いてしまった。









次の末期がん(肝臓がん)闘病記に進む
⇒74:また脱水症状?!そして2度目の救急車



私は末期がんを家族の支えと自分自身の直感を信じ続け、乗り越えて来ました。
同じ境遇の方々に『生きる勇気と希望』を感じて頂けたら幸いに思います。
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