このメールが肝臓がんの母を救う
【このメールが肝臓がんの母を救う】を書くにあたって
先日、徒然日記でもご紹介した長井さんとお母さんの闘病記を
【このメールが肝臓がんの母を救う】と言うタイトルでお伝えして行きます。
何事も無く平穏な日々を送っている中、
長井さんはある日突然、お母さんが 肝臓がん になってしまった事を知らされました。
まさかお母さんが がん と言う病になる事など・・・
がんなんて自分自身、そして家族には無縁だと思われている方は
意外に多いのではないでしょうか。
まさか? その『まさか』の事が長井さん家族に現実に起こってしまいました。
長井さんがお母さんの病状を知った時、
『母の肝臓がんを治したい』、『母の命を救いたい』と願う一心だったと思います。
誰にも相談も出来ず、孤立し、希望と絶望とが繰り返される中、
娘としてお母さんを助けたい想いが切実と伝わる闘病記だと思います。
私は今、がん と闘っているご本人、またご家族の方々の希望の光となる気がします。
【このメールが肝臓がんの母を救う】闘病記
◆このメールが肝臓がんの母を救う 1: はじめまして。長井智恵と申します。
◆このメールが肝臓がんの母を救う 2: 私、『がん』だって。。。
◆このメールが肝臓がんの母を救う 3: 肝硬変による肝性脳症に
◆このメールが肝臓がんの母を救う 4: 診察に対する医師への不信感
◆このメールが肝臓がんの母を救う 6: 入院中の母、そして肝性脳症への不安
◆このメールが肝臓がんの母を救う 7: 運命を左右した【転院】
◆このメールが肝臓がんの母を救う 8: 義父の無神経な母への『がん告知』
◆このメールが肝臓がんの母を救う 10: 笹野さんのブログが目に留まる
◆このメールが肝臓がんの母を救う 11: 全てが『本物』だと確信 闘う勇気を頂く
◆このメールが肝臓がんの母を救う 12: 【笹野 筆】 長井さんと電話で話す 1
◆このメールが肝臓がんの母を救う 13: 【笹野 筆】 長井さんと電話で話す 2
◆このメールが肝臓がんの母を救う 14: 長井さんからのメール 1【2007年9月19日】
◆このメールが肝臓がんの母を救う 15: 『がん』との闘いが始まる
◆このメールが肝臓がんの母を救う 16: 長井さんからのメール 2【2007年9月21日】
◆このメールが肝臓がんの母を救う 17: 忘れられない一日 1
◆このメールが肝臓がんの母を救う 18: 忘れられない一日 2
◆このメールが肝臓がんの母を救う 19: 長井さんからのメール 3【2007年10月14日】
◆このメールが肝臓がんの母を救う 20: 【笹野 筆】 《がん》と闘う者、そして家族の気持ち
◆このメールが肝臓がんの母を救う 21: 長井さんからのメール 4【10月23日】と【笹野 筆】
◆このメールが肝臓がんの母を救う 22: 長井さんからのメール 5【2007年10月24日】
◆このメールが肝臓がんの母を救う 23: 【笹野 筆】 知識と信じる心の重要性
◆このメールが肝臓がんの母を救う 24: 長井さんからのメール 5【2007年11月7日・9日】
◆このメールが肝臓がんの母を救う 25: 長井さんからのメール 6【2007年11月17日】
◆このメールが肝臓がんの母を救う 26: 長井さんからのメール 7【2007年11月25日】
◆このメールが肝臓がんの母を救う 27: 長井さんからのメール 8【2007年12月6日】
◆このメールが肝臓がんの母を救う 28: 【笹野 筆】 『天空と下界』を感じた気持ち
◆このメールが肝臓がんの母を救う 29: 【笹野 筆】 統合医療(代替療法)
◆このメールが肝臓がんの母を救う 30: 【笹野 筆】 ≪食≫の大切さ 1
◆このメールが肝臓がんの母を救う 31: 【笹野 筆】 ≪食≫の大切さ 2
◆このメールが肝臓がんの母を救う 32: 【笹野 筆】 ≪食≫の大切さ 3
◆このメールが肝臓がんの母を救う 33: 長井さんからのメール 9【2008年4月9日】
◆このメールが肝臓がんの母を救う 最終章: ~長井さん、お母さんへ~
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