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このメールが肝臓がんの母を救う 最終章
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31: 【笹野 筆】 ≪食≫の大切さ 2
私は十数年前、ある栄養学の講師の方から『食の大切さ』と言う講義を受けた事があった。
当時は私自身、健康だった事もありあまり重要には感じていなかったが
闘病中、その講師の方から学んだ言葉を思い出し、実践してきた事で
今日の日を迎える事が出来た様にも思う。
記憶をたどりながら思い出せる範囲で書いて行こうと思う。
このメールが肝臓がんの母を救う 30
30: 【笹野 筆】 ≪食≫の大切さ 1
長井さんのお母さんについて私が1つ気がかりなのは肝硬変の症状だった。
肝硬変による肝性脳症が以前に起きた事だ。
このメールが肝臓がんの母を救う 29
29: 【笹野 筆】 統合医療(代替療法)
長井さんはお母さんの肝臓がん克服を信じてお母さんを支え、
様々な事を乗り越え、闘って来られた。
このメールが肝臓がんの母を救う 28
28: 【笹野 筆】『天空と下界』を感じた気持ち
私が末期がん(肝臓がん)で余命3か月の宣告を受け、
生きるか死ぬかの生死をかけた状態で、
希望と挫折を繰り返しながら闘病生活を送っていた頃、
いつも病室の窓から『みかぼ山』を見ていた。
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23: 【笹野 筆】知識と信じる心の重要性
『早速ですが嬉しい知らせがあります。
母のCT検査結果は良好との事です。』
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20: 【笹野 筆】 《がん》と闘う者、そして家族の気持ち
長井さんのメールには『毎日Up Datedを楽しみにHPを覘いています。』と書かれていた。
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このメールが肝臓がんの母を救う 18
18: 忘れられない一日 2
そして弟の手術が終わりました。
このメールが肝臓がんの母を救う 17
17: 忘れられない一日 1
私が感じている不安や動揺を、子供は敏感にキャッチするのでしょう・・・、
娘は学校を休みがちになりました。
このメールが肝臓がんの母を救う 16
16: 長井さんからのメール 2【2007年9月21日】
長井さんから電話を頂いてから10日位が過ぎていた。
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このメールが肝臓がんの母を救う 14
このメールが肝臓がんの母を救う 13
13: 【笹野 筆】長井さんと電話で話す 2
ある日の夜、私は晩酌をしながら妻と二人でテレビを見ていた。
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12: 【笹野 筆】 長井さんと電話で話す 1
長井さんのお母さんが『がん』を告知されたちょうどその頃、
私(笹野)は定期的に受けている血液検査の時期が近づいていたため
末期がん で闘病生活を送っていた病院へ行ってみる事にした。
このメールが肝臓がんの母を救う 11
11: 全てが『本物』だと確信 闘う勇気を頂く
実は私は若い頃から、目覚めと同時に倦怠感があり、
いつも≪ファイト一発≫じゃ無いですが、出勤前に必ず栄養ドリンクを飲んでいました。
このメールが肝臓がんの母を救う 10
10: 笹野さんのブログが目に留まる
【肝臓がん】についての検索結果に絶望すら感じていた頃、
私はふと思いついた事がありました。
このメールが肝臓がんの母を救う 9
9: 心の葛藤
母が帰った後、私はふと、『こんな時は泣くものだろうか。』と思いました。
このメールが肝臓がんの母を救う 8
8: 義父の無神経な母への『がん告知』
母は早速紹介状を持って内科消化器クリニックを訪れました。
このメールが肝臓がんの母を救う 7
7: 運命を左右した【転院】
昨年(2007年・平成19年)春の退院後も母は、
点滴治療を受けるため週に2回、病院へ通っていました。
このメールが肝臓がんの母を救う 6
6: 入院中の母、そして肝性脳症への不安
入院中の母の唯一の楽しみは、孫(娘)が見舞いに来る事でした。
そして、唯一の憂鬱は、入院費の支払い毎に義父の愚痴を聞かされる事でした。
このメールが肝臓がんの母を救う 5
5: 孤独だった母・・・
今でこそ言える事ですが・・・、
その当時、私はまだ、母の気持ち、母の言動に何も気付いていませんでした。
このメールが肝臓がんの母を救う 4
4: 診察に対する医師への不信感
内科での診察の際、今でも覚えていますが
母の胸のレントゲン写真は素人の私が見ても全体的にぼんやりとしていて
肺や内臓がハッキリと写っていませんでした。
このメールが肝臓がんの母を救う 3
3: 肝硬変による肝性脳症に
1年前。
あまりにも歩き方がおぼつかない母の異常を感じた私は、
『最近、手が震える』と言った母の一言で、無理やり近くの総合病院へ母を連れて行きました。
このメールが肝臓がんの母を救う 2
2:私、 『がん』だって。。。
2007年(平成19年)9月初旬、まだ暑い日が続くある日の夜の事です。
このメールが肝臓がんの母を救う 1
1: はじめまして。長井智恵と申します。
はじめまして。
私は中国地方在住の長井智恵と申します。
