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このメールが肝臓がんの母を救う 3
3: 肝硬変による肝性脳症に
1年前。
あまりにも歩き方がおぼつかない母の異常を感じた私は、
『最近、手が震える』と言った母の一言で、無理やり近くの総合病院へ母を連れて行きました。
肝硬変による【肝性脳症】と診断されました。
※ 【肝性脳症】とは、正常であれば肝臓で除去されるはずの毒性物質が
血液中に増えたために、脳の機能が低下する病気です。
「良かったね。娘さんが気付いてくれて。
もう少し遅かったら娘さんの顔も分らなくなるところだったよ。」
「この病気は内科だからちゃんと検査をして検査結果と紹介状を持って行きなさい。」
「腹水があるかな。すぐ入院になるかも知れないよ。」
脳神経科の医長は、とても丁寧に診て下さいました。
その後、脳神経科から内科へと移りましたが
「入院の必要はありません。通院で大丈夫。腹水も心配ありません。」と言われました。
しかしその後の母は微熱と咳が2週間以上も続いて
胸の苦しさと食欲不振、吐き気もあったそうです。
それを主治医に訴えても主治医は、その度に薬を増やすだけで、
最終的には20種類以上もの薬を服用していました。
たまりかねた母は、『私に診察についてきて欲しい』と頼みました。
母は私の仕事を心配し、検査以外はいつも一人で通院していました。
総合病院は、全てにおいて時間がかかり、大量の薬をもらって帰る日など、
診察時間はほんの数分で待ち時間だけが長く、
当時、昼夜を問わず働いていた私に母は気遣ってくれていたのです。
逆に私もそんなに時間がかかるのであれば母の身体の事を考えると
入院をして養生する方が良いのでは?とも思っていた程でした。
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