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このメールが肝臓がんの母を救う 6
6: 入院中の母、そして肝性脳症への不安
入院中の母の唯一の楽しみは、孫(娘)が見舞いに来る事でした。
そして、唯一の憂鬱は、入院費の支払い毎に義父の愚痴を聞かされる事でした。
この頃の母は、腹水は治まりましたが、
肝性脳症の原因とされる【血中アンモニア】の数値だけはどうしても下がりませんでした。
【血中アンモニア】の数値は普通、20~80が基準値内とされていますが
母の数値は常に100を軽く超え、
ひどい時には200をも超える数値に院長先生は驚き、再検査に出すほどでした。
母は、この数値をとても気にしていて、肝性脳症の誘因である【便秘】にも
大変神経質になっていました。
そしてその病院の看護士さんがアドバイスしてくれた、
『院長は良い人だけど・・・。
ここではあなたの病気は治療出来ない。
もっと大きな病院で診てもらった方が良い』との言葉に不安になっていました。
母は何度かその事で入院先から私に電話で相談して来ました。
『退院して、他の大きな病院で最初から検査してもらおうか?』
『でもこの辺りでは安心できる病院は無いね。』
『市内まで行くのは体力的にしんどいしね。待ち時間や検査時間、そんな事を考えると・・・。』
私達はいつも結論が出ないまま、
まずはとにかく毎週土曜日に大学病院から検診に来る先生に
しっかりと【エコー】で診てもらい、
少しの違和感でも伝える事を確実にやって行こうと話していました。
この頃から、娘は度々【過呼吸】を起こすようになり
学校から救急病棟へ搬送される事が3,4回ありました。
私も職場から駆けつけ、点滴で眠った娘が目覚めるまで細い手を握っていました。
軽い発作も含め、娘のこの状態は母が退院するまで続いたのです。
情けない事に、私は母がいなければ娘さえ満足に支える事が出来ないのでした。
学校が休みの日には娘はいつも母に会いに行っていました。
天気の良い日には二人で手を繋いで病院の周りを散歩したり、
一緒に病院食を食べ、ひとつのベッドで仲良く寝ていました。
娘と母は限りある時間をいつも尽きない話で過ごしていたようでした。
長い入院生活中、私が母のためにした事は・・・、
娘が母のお見舞いに行く時に少しでも便通が良くなるようにと
野菜ジュースやヨーグルト、フルーツなどを持たせたぐらいでした。
母は私の身体や仕事を気にして
自分でどうにもならない現状に対処出来なくなった時くらいしか
電話もかけて来ない程、私に気を使ってくれていました。
当時、母が最も知りたい情報は【肝性脳症】についてでした。
どうしても下がらない【血中アンモニア】の数値をどうしたら良いのか?
どうしたら便通が良くなるのか?
そして、このままで良いのだろうか? など。。。
その都度、私はインターネットで検索し、出来るだけ分りやすく解説しているホームページなどを
プリントアウトして娘に持たせました。
【肝性脳症】に関する症状と治療、日常の過ごし方、食事の制限、原因と有効な薬などです。
しかし、【肝性脳症】には詳しくなった私も、
『娘や孫の顔すら分らなくなってしまうかも知れない』と言う母が抱いていた大きな恐怖を
当時は分ってあげる事が出来ませんでした。
この時もっと、肝硬変についてシッカリと勉強していれば・・・
肝硬変が引き起こす様々な合併症の恐ろしさを知っていれば・・・
そして何よりこの時点でもっと真剣に積極的に母の現状(病状)と向き合っていれば・・・
今更ですが、私の理解と判断の無さ、そして病気に対する無知が
取り返しがつかない程のギリギリの事態を招いてしまったと本当に申し訳なく思っています。
そして秋に入院した母は、春に退院しました。
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