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このメールが肝臓がんの母を救う 9

9: 心の葛藤

母が帰った後、私はふと、『こんな時は泣くものだろうか。』と思いました。


不思議な事に、涙が出てこないのです。

頭の中を整理する必要がある・・・、なのに、何も考えたくはありませんでした。

そしてその後の記憶はありません。



翌朝、娘を起こすときに急にどうしようもない不安が襲って来ました。

『母が死んだら、私とこの子だけになる・・・。』

思わず私は娘を強く抱きしめました。


そして私は母が使っていたタオルケットを、そっと自分のベッドへ持って行きました。

娘が学校に行った後、
私は母のタオルケットに包まって、初めて激しく泣いたのでした。


それからというもの、私は何をしていても、どんな時でも、
知らぬうちに涙が止めどなく流れるようになりました。

仕事中も、食事中も、睡眠中も・・・、
どこから、いつまで、どうしてと言う位涙が止まりません。


泣くだけの日々が過ぎました。




しかしそんな日が1週間ほど続いた頃でしょうか、
【私は自分自身のためだけに泣いているのだ。】と言う事に気付きました。

母を失う事が怖く、娘とふたり取り残される事が嫌で
自分の事だけのために泣いていた事に気付いたのです。



母の病気を知ろう。

そこから始めよう。


私はそう決心しました。



それからは毎日数時間かけて【肝臓がん】について検索しました。

そして、如何に自分が無知で
取り返しのつかない過ちを犯したのかを思い知りました。


と同時に、想像を絶する苦痛に耐え抜いてきた母を・・・、母の命を守りたい・・・、
私が知っている、明るく元気な母を取り戻してあげたい。。。

私は出来る限りの事を母にしてあげようと決心しました。

母の本心は『生きたい』に違いないのです。



しかし、【肝臓がん】について調べれば調べるほど、
私の思いとは裏腹に、検索結果はどれも決して希望が持てるものではありませんでした。


血小板が少なく、肝硬変で肝機能が低下している母は、手術で【腫瘍】を切除出来ない。

【肝臓がん】は、再発率が高く、生存率は低い。


藁にもすがりたいのに、その『藁』すら無い。


高アンモニア血症、腹水、黄疸、そして肝不全症状が出てきている現実は
私が調べた限りでは絶望的にすら思えました。



それでも諦めきれない・・・。

一体どうしたら良いのだろう。。。









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