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このメールが肝臓がんの母を救う 13
13: 【笹野 筆】長井さんと電話で話す 2
ある日の夜、私は晩酌をしながら妻と二人でテレビを見ていた。
そんな時に私の携帯電話が鳴った。
『誰からだろう?』と妻と顔を見合わせた。
電話に出てみると前の私のブログ(今は更新してないが・・・)を見て
私にメールを送って下さった長井さんという女性の方からだった。
聞けば長井さんは、お母さんが肝臓がんの告知を受けた事を聞き、
何としてもお母さんを助けたいと思い、
何か良い方法はないかとインターネットでいろいろ検索されたそうだった。
そして私のブログ(闘病記)が目に留まり私にメールを下さった。
その後私の返信メールを見て
『克服までの闘病中、どのように過ごしていたのか教えて欲しい』と
迷惑と思いつつも電話をかけましたと言う事だった。
電話をかけて来られた事を思うと長井さん家族の絆と思いの強さを実感した。
長井さんにとって見ず知らずの人に電話をする事は心の迷いなどいろいろあったと思う。
お母さんを助けたい一心の思いが行動を起こしたのだろう。。。
もし私が長井さんだったとしてもおそらく同じ事をしたと思った。
思いは人の心と体を動かすものだと常日頃私は思っているからだ。
私は闘病中、克服するために自分が行った事などを話しをすると
長井さんは
「ありがとうございました。これからお母さんと一緒に『がん』と向き合い頑張ります。」
と礼を言われ電話を切った。
電話を切った後に部屋へ戻ると妻に『誰から?』と聞かれた。
私が長井さんの話をすると妻は
「私達のように何か良い治療方法はないかといろいろ探している方達がいるんだね。
でも電話の方のお母さんもきっと良くなると思うよ。
だってお父さんの病状でも『がん』が治ったのだからね。」
と言う妻に
「そうだな。
きっとオレ達がやって来た事を信じ続ければきっと良くなると思うよ。」
と私は妻に言った。
その後テレビを見ながら私は何か伝え忘れた事を思い出した。
その事が気になったが
こちらから電話をかけるのもご迷惑になるかも知れないと思ったので
次に長井さんから電話が来た時に話をしようと思っていた。
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