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このメールが肝臓がんの母を救う 28
28: 【笹野 筆】『天空と下界』を感じた気持ち
私が末期がん(肝臓がん)で余命3か月の宣告を受け、
生きるか死ぬかの生死をかけた状態で、
希望と挫折を繰り返しながら闘病生活を送っていた頃、
いつも病室の窓から『みかぼ山』を見ていた。
『みかぼ山』は私に生きる勇気を何度も与えてくれた。
闘病生活が1年位経った頃、まだ入退院を繰り返している状態だったが
私はふとした思いからいつも病室の窓から眺めていた『みかぼ山』の山頂に車で登った。
そして山頂から下界を見降した時の気持ち、病院で日々繰り返されていた出来事を
『天空と下界のはざ間で・・・』と言う題でこのブログに投稿した事があった。
⇒末期がん(肝臓がん)闘病記 169:『天空と下界のはざ間で・・・』
『年齢や性別、お金持ちの方や貧しい方、
それぞれに関係無く病気と闘い
その周囲には患者を支えている沢山の家族の姿がある。
肩書や学歴や役職やこれからの夢や希望など
全てに関係無く病は突然降りかかる。
そしてその方の幸福を壊し、夢を奪い
道を閉ざし、人生や希望を途絶えさせ
キレイな物は汚し、家族の和を乱して行く・・・』
まさしく長井さんはそんな状況の中で
『母の肝臓がん は私が絶対に治す』と強く心の中で誓いお母さんを支えて来られた。
お母さんの闘病生活中にも長井さん自身、様々な事があったに違いない。
希望と不安が入り混じる中、孤独に耐えながら本当に頑張って来られたのだと思う。
そして肝臓がん のお母さんを支える中、
長井さんに追い打ちをかけるように弟さんの 肺がん と言う出来事が起こってしまう・・・。
それでもその中でお母さんの 肝臓がん の腫瘍マーカーが
基準値内になった事は1つの希望の光となったのではないだろうか。
私はこのメールを見て、今この時にも長井さん親子のように
病院内では生死をかけ、 がん と闘う患者さん、そしてその患者さんを支える沢山のご家族が
いらっしゃる事を、自分の闘病生活と合わせて改めて思い出していた。
健康な方には分らないと思うが病院内は本当に無情の世界だと思う。
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