TOPページ > このメールが肝臓…【SiteMap】 > このメールが肝臓がんの母を救う 最終章
このメールが肝臓がんの母を救う 最終章
最終章: ~長井さん、お母さんへ~
今こうやって肝臓がん の腫瘍が小さくなった事、本当に良かったと思います。
最初、長井さんにメールを頂いた時からこれまでの間、
本当にいろいろな事があったと思います。
肝臓がん の告知を受け家に戻り、形見分けをされた時の気持ちは
私も同様な時がありました。
私自身、『死』と言うモノを受け止めた時、健康食品を飲むことにより
半年か1年、生き延びてくれたらと言う思いでした。
少しでも長く生きて仕事の整理や、親として、夫として身辺整理が出来ればと考えていました。
そうする事で残された妻や子供達が
少しでも困らないようにしてあげたいと思ったからです。
また、私と同じ様に がん患者 として
いつ訪れるか分らない死の恐怖と闘って来られた事、
同じ病と闘って来た者として、いつもその思いは痛い程伝わりました。
がん の告知は人それぞれに受け止め方の違いはあると思います。
私は父、そして兄を がん で失っています。
がん と言う病の恐ろしさを身を持って経験させられています。
私もずっと 肝臓がん の告知を受けた時から
≪がん=死≫と言う文字が頭から離れませんでした。
長井さんのお母さんの事を思うと、
同じ病と闘って来た者として私も本当に嬉しく思います。
また、長井さんと交わした沢山のメール、そして電話など振り返ると
その時その時の様子が胸に残っています。
とにかくお母さんを助けたいと言う必死な思いが伝わってきました。
私がブログを書き始めようと思った意味が本当に実現したのだと実感しています。
本当にブログを書いて良かったと思います。
そしてお母さんの肝硬変の症状もいつの日か
私のようになる事を心から願っています。
これからも焦らず、気負うこと無く、1日1日を大切にお過ごし下さい。
近い将来、支えて下さった長井さん、そして可愛いお孫さんから
『本当に元気になったね。』と
笑顔で言ってもらえる日が必ず来るような気がします。
これは私の【直感】です。
家族の支えは生きるパワーの源です。
家族がいるから生きる力になります。
共に『がん』を克服した者同士、
いつの日かお逢い出来る日を楽しみにしています。
2008年4月
笹野 富美夫
【このメールが肝臓がんの母を救う】トップページに戻る
末期がん闘病記:肝臓がん末期余命3ヶ月を克服した闘病記 トップページ
◆闘病記へのご意見・ご感想を下さい。メールはこちらです。◆
コメント
関連する内容
このメールが肝臓がんの母を救う 最終章
このメールが肝臓がんの母を救う 33
このメールが肝臓がんの母を救う 32
このメールが肝臓がんの母を救う 31
31: 【笹野 筆】 ≪食≫の大切さ 2 私は十数年前、ある栄養学の講師の方から『食の大切さ』と言う講義を受けた事があっ
このメールが肝臓がんの母を救う 30
30: 【笹野 筆】 ≪食≫の大切さ 1 長井さんのお母さんについて私が1つ気がかりなのは肝硬変の症状だった。 肝硬変に
このメールが肝臓がんの母を救う 29
29: 【笹野 筆】 統合医療(代替療法) 長井さんはお母さんの肝臓がん克服を信じてお母さんを支え、 様々な事を乗り越え
このメールが肝臓がんの母を救う 28
28: 【笹野 筆】『天空と下界』を感じた気持ち 私が末期がん(肝臓がん)で余命3か月の宣告を受け、 生きるか死ぬかの生
