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【1】: 体調の異変    ~卵巣がん再発 でも私は生きる~

2008年(平成20年)8月、私は子供を授かってからは、
専業主婦をして3人の子供の成長を見守りながら、学校や保育園での役員をしたり、
忙しい時には身内が経営している会社の手伝いをしたりする、
ごく普通の生活を送っていました。


そんなある日の事でした。

子供の保育園の運動会の後、友人宅でバーベキューをする事になりました。



バーベキューを始めてどの位経った頃だったでしょうか、
炭火が目の前にあるのに、何故か急に寒さを感じ始めました。

私は少し早めに家に帰り、お風呂で温まる事にしました。

しかしそれでも寒い。。。


『もしかしたら風邪???』


熱を計ってみました。  微熱。



《私が熱を出すなんて珍しいなぁ・・・。》なんて思いながらも、
『寝たらすぐ治っちゃうかな』とその日はとにかくすぐ寝る事にしました。




そんな寒気(微熱)が9月にも1回ありました。
今思うとそれが病気の前兆だったのかと思っています。






そしてそれから数日後(2008年9月)、
歩く事さえ困難になる程、右下腹部に激痛が走りました。

しかもそこには何かあるのが分るほど腫れていました。


その時、もう夜だったので主人に行きつけの産婦人科病院まで
車で乗せてもらって、先生に診て頂く事にしました。


病院へは一番上の子もついてきました。

私としては子供がいてくれると気が紛れるのですが、
主人と子供は私は診察を受けている間、近くの回転ずしへ行って食べて待っている事になりました。




その時の診察結果は、
『卵巣が硬くなっているみたいなので、まずは明日にでも診察時間に来て下さい。』と言われました。





次へ進む   【2】: 『卵巣がんの可能性が高い』と言われ…




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