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兄の末期がん(胃がん)闘病記 3

3:末期の胃がんで余命3ヶ月の宣告を受ける

~この闘病記の内容は1999年(平成11年)3月頃の出来事です。~



兄が検査を終えて、病院から工場へ戻ってきた。


「明日入院することになったから。。。
で、家族の誰かが検査の結果を聞きに来るようにって言われたんだ。。。」
と私に話し、兄は入院の準備で家に戻る事になった。


その日の夕方、私と義理姉が、検査結果を聞きに病院へ向かった。



先生は唐突に話しを切り出した。

「胃がんで肝臓にも転移しています。余命3ヶ月です。。。」



私は自分の耳を疑った。

今朝まで普通に一緒に仕事をしていた兄貴がっ末期胃がんで余命3ヶ月だなんて。。。


がんの宣告だけでも大きな衝撃・ダメージなのに更に余命3ヶ月の告知まで。。。


私は兄は単なる十二指腸潰瘍だとばっかり思っていたので
まさか兄が【がん】なんて夢にも思っていませんでした。


しかもあと、3ヶ月の命しか無いと言う事。。。



ただただ 【絶句】 でした。。。



私は先生に、
「何とか兄を助ける方法はありませんか?」と聞いた。


すると、先生はこんな場面には慣れているせいか
「方法は・・・、残念ながらありません。。。
本人は十二指腸潰瘍と思われていますから、
末期胃がんの告知はしない方が良いでしょう。
奥さんと弟さんから治療をすれば良くなると話しをして下さい。」

と言う話しを淡々とされた。




今思えば・・・ ではあるがこの時の状況(検査結果を聞く)は、
【義姉と私】では無く、
【義姉と兄(本人)】であるべきだったと思う。



がん告知に関する見解はいろいろと議論されているが
主治医から直接本人に説明するのが医者の立場であり、
それを医者側から本人にがん告知はしない方が良いと言う判断は
いかがなものだったか。。。


その後、この先生の発言は兄が亡くなるまで、
家族にとってはいろいろな重要な問題を作ってしまう事になった。









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