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胃がん 末期 闘病記
その後の原島さん
原島さんの胃がん末期の闘病記、【もう一つの胃がん末期の闘い】も最終章を迎え、
今日は原島さんに伺った胃がん末期を克服した後の原島さんを簡単にご紹介したいと思います。
■2007年(平成19年) 3月
原島さんは胃がん末期を克服後、3か月に1度、血液検査を受けていらっしゃいます。
その時もいつものように がん センターで血液検査を受け、『異常ナシ』との
検査結果をもらいました。
その後原島さんは「今度はいつ検査を受けに来たら良いですか?」と主治医に聞いたところ、
主治医は「私は4月から他の病院へ移ることになりました。
血液検査は6~12か月位のペースで定期的に受け続けた方が宜しいかと思います。」
との返答をもらったそうです。
原島さんは「分りました。そのようにさせて頂きます。」と伝えたものの
主治医は次回の検査予約をする訳でも無く、診察が終わってしまったそうです。
自分の異動で頭がいっぱいなのか、患者の精神的な不安感を考えているのかな?と
少し主治医に対して違和感を覚えたとの事でした。
しかし原島さんはそれとは別にその主治医に対して
言葉少ない医師ではあったが約3年間もの間、本当にお世話になったとも言っていました。
これはちょっと余談になってしまいますが
原島さんはその主治医に「先生はどちらの病院に移られるのですか?」と尋ねたそうです。
先生からの答えに原島さんは唖然としてしまったそうです。
その病院はと言うと・・・、ナント、私(笹野)が闘病中に入院していた病院だったのです。
その後も私は血液検査などでその病院には時々お世話になっているので
もしかしたらその先生が笹野さんの主治医になるかも知れないよ(笑)。なんて
原島さんは話していました。
■2007年(平成19年) 5月
最愛の娘さんの結婚式に出席されました!
この年は新年早々から結納などがあり、前年までの闘病生活とはあまりにも違った
生活を送られたそうです。
ただ原島さんは『送り出す身』。
嬉しくもあったが寂しい気持ちもあったというのが本音だったようです。
私も同じ年頃の娘がいますからその気持ち、よく分ります。
私の娘の結婚式と言えば・・・、
私は末期の肝臓がんと闘っている真っ最中でした。
その中でも直前までは何とか体調も安定し、
娘と共にバージンロードを歩ける状態にまではなっていました。
しかし結婚式の前々日に私はまたもや薬の副作用により気を失って
集中治療室に運ばれ・・・。
当日はバージンロードは長男が代行することになり
私は病院の窓から娘の結婚式を行っている方向を眺め
物思いにふける事となってしまいました。
この時の無念さは今でも昨日の事のようによみがえってきます。
それはそうと原島さんの娘さんの結婚式は、
ディズニーシーのホテル ミラコスタにて行われました。
少し緊張しつつも原島さんは娘さんとバージンロードを歩いたそうです。
2年もの闘病生活を終え、最愛の娘さんの結婚式に出られた事は
本当に嬉しかった事と思います。
おめでとうございます!
■2007年(平成19年) 9月
前回の血液検査から半年が経ったので血液検査を受けに行ったそうです。
結果は【異常ナシ】!
腫瘍マーカーの数値も正常値で一安心とおっしゃっていました。
この時の新しい主治医は原島さんのCTのカルテを診ながら
『私は今までこのように末期の がん から回復された患者さんを診た事が無い。』とおっしゃったそうです。
更にその主治医は
『次回半年後、検査を受けてまた診せて下さい。』と付け加えたそうです。
原島さんはその主治医の言葉に『まだまだ生きられる!』と更に自信が湧いてきたそうです。
■2007年(平成19年) 11月
原島家の家族の一員になった愛犬、《ソラ》ちゃんです!
《ソラ》ちゃんはミニチュア・ピンシャーのブルーです。
私はまだ、実際に《ソラ》ちゃんとはお逢い(?)した事はないのですが
原島さんとお逢いしている時にはいつも原島さんは
携帯電話で撮った《ソラ》ちゃんの写真を見せてきます(笑)。
日に日に成長していく《ソラ》ちゃんがたまらなく可愛いと良く言っています。
でも私も正直・・・、可愛いと思います(笑)。
我が家にも愛犬がいました。
少なからず【放浪癖】があったハナ子は
1年ほど前にフラッと自宅を出たまま未だに帰ってきません。
【放浪】が【家出】になってしまいました。
今は誰かに拾われて元気に暮らしている事を願っています。
《ソラ》ちゃんの事を書いていたら急に思い出してしまいました(笑)。。。
原島さんは2006年(平成18年)3月に合計26クール、728日間にも及んだ
抗がん剤治療を無事終えられ、その後もこのように元気に忙しい毎日を送っておられます。
原島さんは私と違い、抗がん剤と健康食品、
いわゆる【統合医療】で末期の 胃がん を克服されました。
私のように末期がんを結果的には抗がん剤治療も行わずに
健康食品のみで克服してしまったケースはある意味、非常に稀かも知れません。
しかし原島さんのように【統合医療】を行いながら、抗がん剤治療の副作用を抑え、
気力と体力を維持し続けながら がん と闘って行く方法はとても有効だと私は思います。
今現在、 がん と闘っている方々に【統合医療】と言う治療方法も知って頂き、
それを少しでも役に立てて頂けたらと願って止みません。
⇒『6年8ヶ月を経て今思う』 (2010年12月20日徒然日記より)
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