末期がん闘病記:肝臓がん末期余命3ヶ月を克服した闘病記
はじめまして。
笹野 富美夫と申します。
私はC型肝炎から肝硬変へと進み、
そして2004年(平成16年)3月、肝臓がんの末期と告知されました。
それから1年半後、末期がんだった肝臓がんの腫瘍が消えてしまうまでの
私の闘病記を記して行きたいと思います。
まずはコチラをご覧下さい。
⇒末期がん(肝臓がん)による余命3ヶ月の告知書です。
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私の肝臓の中心部には大きながんの腫瘍がありました。
そのがんの腫瘍が胆管を圧迫して胆汁の流れを止めてしまったため
身体の中にチューブを入れ胆汁をこうして体外に出していました。
私の闘病生活で一番大変だった事です。。。
左は2005年11月
1年半の末期がん(肝臓がん)闘病生活を終え、チューブを外してもらう
直前の写真です。
右は2007年3月
傷跡を残しておこうと撮った写真です。
末期がんと抗がん剤、そして健康食品
1999年(平成11年)7月8日
最愛の兄が胃がんの末期で、この世を去りました。
私は兄の最期を看取る事が出来ませんでした。
⇒兄の末期胃がん闘病記はこちらから
(是非先に読んで見て下さい。がん進行の現実が分かります。)
兄が亡くなった後、その病院の院長先生からこんな話しがありました。
「お兄さんは、余命3ヶ月と言われていましたが、
それよりも1ヶ月延びて良かったですね。」と。。。
私は医学を信頼し、医学の進歩を信じていました。
病院に入院して医師に治療してもらえればほとんどの病気は
良くなるものだと思っていました。
もちろん、がんに対してだってそうです。
末期がんに対しても抗がん剤の治療をすれば
それなりの効果は期待出来るものと思っていました。
にもかかわらず、院長先生の無責任とも採れるその言葉に私は思わず聞いてしまいました。
「院長先生、抗がん剤はどの位の確率で効くのですか?」
院長先生は少しためらいながら時間を置いて言いました。
「100人に対して数人ですかね。。。」
私は思わず絶句してしまいました。。。
そんな低い確率のものに兄の命を預けていたなんて。。。
私はこの日を境に、【がんに抗がん剤は効かない】という事が頭にインプットされました。
そしてまた、この日をキッカケに、いろいろな健康食品等の認識を深めて、
健康に関する知識を自分なりに持ち始めるようになりました。
そんな私が末期がん 肝臓がんと診断されたのは、2004年(平成16年)3月の事です。
末期がん(肝臓がん)の末期症状にて肝臓移植以外に生存方法が無く、
私は余命3ヶ月の告知も受けました。
誰もがまさか自分ががんになるとは思っていないと思います。
まして余命宣告までされる末期がんなんて誰が想像するでしょうか。
そのまさかが自分に降りかかって来たのでした。
まさか、生まれて初めての入院が、余命3ヶ月の末期がん(肝臓がん)
との闘いになるとは夢にも思っていませんでした。
肝臓がんの末期症状と診断された時、妻はその場で泣き崩れ、
私自身の頭には、たった一文字だけ、【死】 と言う文字が浮かんでいました。
頭の中は真っ白になりました。
妻にはその後、肝臓がんの末期症状のため、余命3ヶ月と告知されたそうです。
私には余命3ヶ月の宣告ではなく、肝臓がんと言う病名だけが告げられました。
その時から、家族を含めて、末期がん(肝臓がん)との
生きるための様々な戦いが始まったのです。
自分自身が肝臓がんと宣告された時も、兄の末期の胃がんによる死があったため、
普通の方から比べれば多少ですが心の準備は出来ていたように思います。
しかし、末期がん(肝臓がん)との闘病生活は家族を含めて
生死を分ける道のりであり、想像を遥かに超える苦難の道のりでした。
また、私は末期がん(肝臓がん)による闘病生活中、
病院の窓から良く、浅間山を眺めていました。
私の趣味は山菜採りで、季節になると浅間山にはホントによく、行ってました。
末期の胃がんで亡くなった兄も山菜採りが好きだったので
兄との思い出も、浅間山には詰っていました。
そんな浅間山を病室から眺める事で、私は、気分転換をし、
元気や勇気をもらっていました。
浅間山には本当に数々の思い出があります。
この闘病記の本文でも何度か出てくるとは思いますが、
そんな浅間山のパワーにあやかって、
このヘッダー写真には浅間山を使わせてもらいました。
現在、末期がん(肝臓がん)の余命3ヶ月の宣告より、4年が経ちます。
人間の身体って、ホント、不思議です。
生きる方法として唯一残された肝臓移植を断り、
がんに(良いとされる)抗がん剤治療を受けずに、代替医療1本で、
末期がん(肝臓がん)を克服する事が出来ました。
現在も元気に生きている様子を末期がん(肝臓がん)患者の一先輩として
ひとりでも多くの方に伝える事が出来たらと思っています。
※家族の協力と支えにより、自分自身と自分の直感のみを信じ続けて
闘って来た事で今の自分が存在しているように思います。
現在、ごく普通の生活を家族と共に過ごしています。
写真は2008年5月に妻と娘と孫達を連れて遊びに行った時の物です。
|がん|病気|
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